にこたま ジョギング
2016年3月8日火曜日
「にこたまジョッギング」終了:リベンジは果たされなかった、「ゆず」で「にこたま」の打ち上げである
2016年3月6日日曜日
ジャパニーズサーフィン大会 レトリック・カップ2016 :何処で行われたのだろう?
_


● ジャパニースサーフィン大会 レトリック・カップのポスターならびに宣伝記事
日系新聞やあるいはポスターなどで宣伝していたのが上の「レトリックカップ」。
ゴルフなどは見たいとも思わないが、サーフィンともなるとちょっと覗いてみたいという気になる。
天気は上々さっそく出かけていったのだが。
場所はブロードビーチのブラッテンパーク。
オアシスに車を止め、早速ビーチへ。
そこそこの人出でパーク内のカントリーマッケットには散策のお客がひっきりなし。
夏はまだ終わっていない。
ビーチを見回しても、それらしいものは見当たらない。
やっていたのは子どもたちのライフセーバー練習が2組。


たずねてみた。
答えは
「ブラッテンパークは広いよ。
サーフィン競技が行われるとしたら向こうだ。
相当遠いよ」。
サーファーズパラダイス寄りを指さしてそういう。
まあ、行ってみるか。
はるか向こうで人が集まっている。
「あれか!」

● サーファーズパラダイス側:はるかはるか遠くに人群れが
今日は日曜日、ここのブロードウオークもたくさんの人がランニングに精を出している。
日射しはキツイ。
大変なことで!。
さて、なんとか辿り着いたが、これもやはり子どもたちのライフセーバーの練習である。
ウワー、何処でやっているのだ?
ブラッテンパークは本当に広い、というより長い。
ブロードビーチ横の公園がすべて「ブラッテンパーク」の名前である。
南北におそらく数キロはあるようだ。
ブラッテンパークのどこでやっているのだ!
もう少し具体的に場所を記載して欲しいものだ。
失意の中を何とか戻ってくる。
もしかしたら反対のマイアミ側か?
これまで小一時間ウロウロしていたことになる。
とてもこれ以上は探す気にはならない。
波はよく、天気も素晴らしい。
絶好のサーフィン日和である。
見学できたら楽しかったろうに。
でも残念だが、ブーブーである。
「もう探すのはやめよう!」
と言うことになって、パシフィックフェアーに寄ってお茶を飲んで帰ってきた。
何か時間を無駄にしたようだが、久しぶりに海岸に足を踏み入れたので気分はサワヤカであった。
● 今朝のブロードビーチ:どこでやっている?
【翌日】
『
NICHIGO PRESS 4月号

』

● ジャパニースサーフィン大会 レトリック・カップのポスターならびに宣伝記事
日系新聞やあるいはポスターなどで宣伝していたのが上の「レトリックカップ」。
ゴルフなどは見たいとも思わないが、サーフィンともなるとちょっと覗いてみたいという気になる。
天気は上々さっそく出かけていったのだが。
場所はブロードビーチのブラッテンパーク。
オアシスに車を止め、早速ビーチへ。
そこそこの人出でパーク内のカントリーマッケットには散策のお客がひっきりなし。
夏はまだ終わっていない。
ビーチを見回しても、それらしいものは見当たらない。
やっていたのは子どもたちのライフセーバー練習が2組。
● ブロードビーチの海岸マイアミ側:子供のライフセーバー練習が2組
答えは
「ブラッテンパークは広いよ。
サーフィン競技が行われるとしたら向こうだ。
相当遠いよ」。
サーファーズパラダイス寄りを指さしてそういう。
まあ、行ってみるか。
はるか向こうで人が集まっている。
「あれか!」
● サーファーズパラダイス側:はるかはるか遠くに人群れが
今日は日曜日、ここのブロードウオークもたくさんの人がランニングに精を出している。
日射しはキツイ。
大変なことで!。
さて、なんとか辿り着いたが、これもやはり子どもたちのライフセーバーの練習である。
ウワー、何処でやっているのだ?
ブラッテンパークは本当に広い、というより長い。
ブロードビーチ横の公園がすべて「ブラッテンパーク」の名前である。
南北におそらく数キロはあるようだ。
ブラッテンパークのどこでやっているのだ!
もう少し具体的に場所を記載して欲しいものだ。
失意の中を何とか戻ってくる。
もしかしたら反対のマイアミ側か?
これまで小一時間ウロウロしていたことになる。
とてもこれ以上は探す気にはならない。
波はよく、天気も素晴らしい。
絶好のサーフィン日和である。
見学できたら楽しかったろうに。
でも残念だが、ブーブーである。
「もう探すのはやめよう!」
と言うことになって、パシフィックフェアーに寄ってお茶を飲んで帰ってきた。
何か時間を無駄にしたようだが、久しぶりに海岸に足を踏み入れたので気分はサワヤカであった。
● 今朝のブロードビーチ:どこでやっている?
【翌日】
翌日の月曜日に息子がやってきたので尋ねたところ、マイアミ側でやっていたとのこと。
息子はシェアメイトが出場したので、出かけていったらしい。
と言っても我々が家に戻ったころにのんびりと出かけていったらしい。
彼はベスト16には何とか残ったという。
【後日】
『
NICHIGO PRESS 4月号
』
『
NICHIGO PRESS 4月号

』
2016年3月3日木曜日
3月03日::にこたまジョギング 10.0km かみさんリタイヤ:今日はひな祭りである
_

● 今日、3月3日はひな祭り、娘は日本だが。


● 走り終わってベンチに倒れこむ。
帽子の後ろについている飾りは、娘が知り合いの老人ホームに入っているおばあちゃんからもらったものだという。
ドングリを形どったブラブラでおばあちゃんの手作りである。
ちなみにこれまでサンバイザーを使っていたが、汗を吸って生地がゴワゴワになってきていた。
ダイソーをのぞいたとき目についたのがこのネット仕様の帽子である。
手にとってみたらハネのように軽く、これならいけると思い3ドル80セントで買った。
実際にかぶって走ってみたが、その重さがまったく気にならない。
ランニングにはなかなかのすぐれものである。
前回走った後、かみさん曰く
「最低気温が下がらない、走るとひっくり返る」
との一言で、遅まきながらの夏休み入った。
来週にはかみさんは日本に行ってしまう。
滞在期間は3カ月弱の予定になっている。
よって、それまで休みが続くものと思っていたのだが。
3月1日にブロードウオーター・パークランド公園群の最北に位置するミッシェル・パークが改修工事を終えて数カ月ぶりにオープンした。
これまでネットフェンスが張られ、ここを通っていた遊歩道は使えなくなっていた。
そのためランニングコースは車道横の歩道を走らされていたのである。
それが工事終了にともなって、久しぶりに走れることになった。
この工事の内容は遊歩道に沿ったビーチ、並びにキャラバンパークの後ろのビーチを広げること、オリンピックプール裏にあったボートランプがアクアテイック・センターの増築工事によって閉鎖されたので、その代替ランプを造ること、それに伴う駐車場を造ることである。
その工事が終わり、遊歩道が復活したので、カミさんが休みを終了して「走ろう」と宣言したわけである。
ほぼ3週間ぶりになる。
私は時間を見つけて週一回短い距離を走った。
身体が鈍るのが嫌だったからである。
団地の周り一周「1.150m」を使って、最初の週は5キロほど、2周目は7.4キロである。
時間は11時前後。
この時間は実にきつい。
何しろ日射しがまともである。
後ろ首筋がヒリヒリになる。
さらにこのコースにはだらだらの坂がある。
2回とも風があったので暑さはさほど感じなかったが、走り終わったら一気に体中から汗が滝のように吹き出てきた。
シャワーでは石鹸を持つ手が疲労で上がらなかった。
久しぶりの実感する肉体疲労に感動すらしてしまった。
てなことで、私は体慣らしをしていたが、かみさんは3週間ぶりに一気に10kmへ挑戦したのである。
さてその今日の天気だが、日射しは1/3は晴れ間、2/3は雲間で問題はない。
風は微風でこれもいい。
だが、蒸し暑い。
3週間ぶりなので、無理はできない。
ゆっくりでいいから15kmを走り切ることに目標を絞り込む。
タイムはこのさい無視する。
キロ7分のゆっくりペースで走る。
絶対にスピードは上げない。
どこで何が起こるか分からないからだ。
正直なところうを言うと今日はあまり走りたくない。
調子が悪い。
おそらく、3日前の7キロの疲れが抜けていないのだと思う。
しかし、朝方かみさんにたたき起こされて出てきた。
私一人ならやめているところだ。
途中止まることなく走りきれれば御の字といった気分である。
身体が重い。
でも1kmは7分15秒で行っている。
身体の具合にしては悪くないタイムである。
5kmを「34:35」である。
キロ7分をわずかだが切っている。
工事終了に伴ってコースが若干異なってくる。
中間点で「51:23」である。
ただ、このポイントはあまりはっきりしない。
コースは同じなのだが新しい遊歩道となり、歩道に書かれた距離表示もなく、歩道の脇の風景もまったく違ったものになってしまったので、どのポイントで測ればよいかがまだ不明瞭になっている。
今日はこの辺だろうというところで測っている。
そのまま倍すれば「1時間42分46秒」となり、えらくいいタイムになる。
身体に対する負荷はまったくない。
アクアテイック・センターの裏でかみさんとすれ違う。
なんと歩いていた。
リタイヤである。
後で聞いた話によると、南の折り返しの7kmくらいまでは順調にいいタイムできたらしい。
ところが、折り返したとたんに一気に身体が動かなくなったという。
蒸し暑さのせいだと言っているが、これは明らかに走りこみ不足。
3週間ぶりのランニングはさほど甘いものではない。
身体がいうことをきいてくれない、ということである。
確かに今日は蒸し暑い。
普段なら1,2回しかとらない水を、水場がくるたびにノドを潤すし、数回とっている。
コースの変更によって、10kmはこれまでの南の折り返し点から250m行ったところに変わる。
「1時間08分25秒」、良すぎるタイムである。
そんな速く走ったのだろうかと疑問に思うほどである。
キロだと「6:46」になる。
後半の5kmも順調である。
でも速くは走っていない。
マイペースといったところで、スピードはまったく上げていない。
これはやはりなんといっても日射しの強さによる影響だろうと思う。
15kmは「1時間42分45秒」である。
このコース、いつもは「100分走:1時間40分」を目標にしており、昨冬には「1時間30分30秒」で走っているから速いわけではないが、「1時間45分」を目標にしていこの夏場なら見事なものだと思ってしまう。
15km距離の前回の記録は下のように4週間前で「1時間45分台」である。
今日はそれを2分半更新したことになる。
タイムが良くなってくるということは、少しづつ夏から遠ざかっていくということでもあるのだろう。
【15km 1時間42分45秒 6:51/km】
【前回 2月07日 15km 1時間45分17秒 7:01/km】
かみさんにとってこれが最後の「にこたまジョッギング」のはずであった。
だがリタイヤしてしまい、無念なのだろう。
「もう一度走る」
と言ってきた。
リベンジというわけである。
よって来週前半に最後のランニングを行うことになった。

● 今日、3月3日はひな祭り、娘は日本だが。
● 走り終わってベンチに倒れこむ。
帽子の後ろについている飾りは、娘が知り合いの老人ホームに入っているおばあちゃんからもらったものだという。
ドングリを形どったブラブラでおばあちゃんの手作りである。
ちなみにこれまでサンバイザーを使っていたが、汗を吸って生地がゴワゴワになってきていた。
ダイソーをのぞいたとき目についたのがこのネット仕様の帽子である。
手にとってみたらハネのように軽く、これならいけると思い3ドル80セントで買った。
実際にかぶって走ってみたが、その重さがまったく気にならない。
ランニングにはなかなかのすぐれものである。
前回走った後、かみさん曰く
「最低気温が下がらない、走るとひっくり返る」
との一言で、遅まきながらの夏休み入った。
来週にはかみさんは日本に行ってしまう。
滞在期間は3カ月弱の予定になっている。
よって、それまで休みが続くものと思っていたのだが。
3月1日にブロードウオーター・パークランド公園群の最北に位置するミッシェル・パークが改修工事を終えて数カ月ぶりにオープンした。
これまでネットフェンスが張られ、ここを通っていた遊歩道は使えなくなっていた。
そのためランニングコースは車道横の歩道を走らされていたのである。
それが工事終了にともなって、久しぶりに走れることになった。
この工事の内容は遊歩道に沿ったビーチ、並びにキャラバンパークの後ろのビーチを広げること、オリンピックプール裏にあったボートランプがアクアテイック・センターの増築工事によって閉鎖されたので、その代替ランプを造ること、それに伴う駐車場を造ることである。
その工事が終わり、遊歩道が復活したので、カミさんが休みを終了して「走ろう」と宣言したわけである。
ほぼ3週間ぶりになる。
私は時間を見つけて週一回短い距離を走った。
身体が鈍るのが嫌だったからである。
団地の周り一周「1.150m」を使って、最初の週は5キロほど、2周目は7.4キロである。
時間は11時前後。
この時間は実にきつい。
何しろ日射しがまともである。
後ろ首筋がヒリヒリになる。
さらにこのコースにはだらだらの坂がある。
2回とも風があったので暑さはさほど感じなかったが、走り終わったら一気に体中から汗が滝のように吹き出てきた。
シャワーでは石鹸を持つ手が疲労で上がらなかった。
久しぶりの実感する肉体疲労に感動すらしてしまった。
てなことで、私は体慣らしをしていたが、かみさんは3週間ぶりに一気に10kmへ挑戦したのである。
さてその今日の天気だが、日射しは1/3は晴れ間、2/3は雲間で問題はない。
風は微風でこれもいい。
だが、蒸し暑い。
3週間ぶりなので、無理はできない。
ゆっくりでいいから15kmを走り切ることに目標を絞り込む。
タイムはこのさい無視する。
キロ7分のゆっくりペースで走る。
絶対にスピードは上げない。
どこで何が起こるか分からないからだ。
正直なところうを言うと今日はあまり走りたくない。
調子が悪い。
おそらく、3日前の7キロの疲れが抜けていないのだと思う。
しかし、朝方かみさんにたたき起こされて出てきた。
私一人ならやめているところだ。
途中止まることなく走りきれれば御の字といった気分である。
身体が重い。
でも1kmは7分15秒で行っている。
身体の具合にしては悪くないタイムである。
5kmを「34:35」である。
キロ7分をわずかだが切っている。
工事終了に伴ってコースが若干異なってくる。
中間点で「51:23」である。
ただ、このポイントはあまりはっきりしない。
コースは同じなのだが新しい遊歩道となり、歩道に書かれた距離表示もなく、歩道の脇の風景もまったく違ったものになってしまったので、どのポイントで測ればよいかがまだ不明瞭になっている。
今日はこの辺だろうというところで測っている。
そのまま倍すれば「1時間42分46秒」となり、えらくいいタイムになる。
身体に対する負荷はまったくない。
アクアテイック・センターの裏でかみさんとすれ違う。
なんと歩いていた。
リタイヤである。
後で聞いた話によると、南の折り返しの7kmくらいまでは順調にいいタイムできたらしい。
ところが、折り返したとたんに一気に身体が動かなくなったという。
蒸し暑さのせいだと言っているが、これは明らかに走りこみ不足。
3週間ぶりのランニングはさほど甘いものではない。
身体がいうことをきいてくれない、ということである。
確かに今日は蒸し暑い。
普段なら1,2回しかとらない水を、水場がくるたびにノドを潤すし、数回とっている。
コースの変更によって、10kmはこれまでの南の折り返し点から250m行ったところに変わる。
「1時間08分25秒」、良すぎるタイムである。
そんな速く走ったのだろうかと疑問に思うほどである。
キロだと「6:46」になる。
後半の5kmも順調である。
でも速くは走っていない。
マイペースといったところで、スピードはまったく上げていない。
これはやはりなんといっても日射しの強さによる影響だろうと思う。
15kmは「1時間42分45秒」である。
このコース、いつもは「100分走:1時間40分」を目標にしており、昨冬には「1時間30分30秒」で走っているから速いわけではないが、「1時間45分」を目標にしていこの夏場なら見事なものだと思ってしまう。
15km距離の前回の記録は下のように4週間前で「1時間45分台」である。
今日はそれを2分半更新したことになる。
タイムが良くなってくるということは、少しづつ夏から遠ざかっていくということでもあるのだろう。
【15km 1時間42分45秒 6:51/km】
5km 34:35 34:35
10km 33:50 1:08:25
15km 34:20 1:42:45
【前回 2月07日 15km 1時間45分17秒 7:01/km】
5km 34:31 34:31
10km 35:37 1:10:08
15km 35:09 1:45:17
だがリタイヤしてしまい、無念なのだろう。
「もう一度走る」
と言ってきた。
リベンジというわけである。
よって来週前半に最後のランニングを行うことになった。

● 今日は3週目になる。
2016年2月28日日曜日
TAO:「クールジャパン」の要素がたっぷり詰まったブロードウエイ進出を果たして
_

●外国人のツボにはまる CBSの夜の看板番組「ザ・レイトショー」で喝采を浴び、オフ・ブロードウェイの公演でも目の肥えたニューヨーカーたちを魅了していた © DRUM TAO

●まるで「太鼓を叩くEXILE」のような勇ましさ © DRUM TAO
オーストラリアに住む日本人にとって最高のエンターテイナーとは『TAO』だろう。
TAOは3回オーストラリアツアーを実行している。
多くの人が4回目はいつだろうと心待ちにしている。
私は3回の公演すべてを見た。
最初のときはジーンズのごく普通の青年の登場であった。
だがバチをもった手が下がった瞬間にとんでもない興奮に突き落とされた。
見終わった夜は寝ていてもガンガンと太鼓の音が脳内に響いていた。
2回目は公演情報が入ったその日に前売り券を買いにかけつけた。
いわく「絶対に最前列でみるのだ!」。
ゲットしたのは最前列でそれも中央から2席ほどずれただけの場所。
なにしろ汗が飛んでくるほどの近くであった。
この2回の公演は主に日本人客相手の宣伝であった。
もちろん満席。
ブリスベンでの切符が手に入らなかった友人はゴールドコーストの公演にかけつけてきた。
3回目はオーストラリアンをターゲットにしたもので、日本語新聞にはまったくその宣伝は載らなかった。
たまたま出かけた地元の図書館で公演パンフを目にしたのである。
すぐに予約をする。
前回は最前列で全体が見えにくかったので、この時は中央席で、前から5列目あたりを手にした。
この公演はそれまでとくらべてはるかにパフォーマンス化されて、叩き以上に見せる形に進化していた。
日本人客は少なく圧倒的にオージーであった。
2回目と3回目でそれぞれDVDとCDを買った。
さて、ブロードウエイデビューを果たしたとのことで、オーストラリアの4回目の公演はあるのだろうか。
『
●2月10日放送の「ザ・レイトショー」
A Performance From DRUM TAO
2016/02/11 に公開
Drum Tao gives a performance from their newest percussion and dance show, Seventeen Samurai.
』
『
ニューズウイーク 2016年2月23日(火)11時09分 小暮聡子(ニューヨーク支局)
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2016/02/tao.php
外国人を(嵐よりも)魅了するサムライ集団「TAO」って何者?
華々しい「ブロードウェイ」デビューを飾った大分発の和太鼓集団『DRUM TAO』は、日本を国外に売り込む「顔」になれるかもしれない
覚えている人もいるかもしれないが、5年前、日本の観光庁が国外向けに日本のPR映像を作って、外国人から失笑を買った「事件」があった。
映像では、人気グループ「嵐」のメンバーがそれぞれ日本の観光地を訪れ、招き猫の真似をして「ニャー」と鳴く。
当時、仏フィガロ紙の東京特派員で辛口親日家であるレジス・アルノー氏は、本誌に
「嵐がニャーと鳴く国に外国人は来たがらない」
と題するコラムを寄せ、観光庁の勘違いぶりをこう嘆いた。
「日本はなぜ『最高の顔』で自分を売り込もうとしないのか。
洗練された職人や建築家、知識人、画家、料理人ではなく、国内限定のスターを宣伝に使うなんて」
観光庁は、その映像をニューヨーク・タイムズスクエアの大型ビジョンを皮切りに全世界133カ国・地域以上で流していくと豪語していた。
その後ニューヨークに赴任した私は、あの映像が世界最高のエンターテインメントが集結するこの街のど真ん中で流れていたのかと赤面したものだが、同時に
外国人を虜にする日本の「最高の顔」とは何か
と考えを巡らせてきた。
4年後の東京オリンピックに向けて、今後は開閉会式のパフォーマー選びが加速するだろう。
確かに嵐は観光庁が訪日客のターゲットにしている東アジアでは人気だが、残念ながら「世界に通じる」とは言いがたい。
もっと幅広い層の外国人を取り込める「顔」はないものか――そう思っていたところ、先日ついに目撃してしまった。
嵐とは別の"サムライ集団"が、目の肥えたニューヨーカーたちを熱狂させている姿を!
その精鋭たちとは、日本人の和太鼓集団『DRUM TAO』。
男性26人、女性8人から成るTAOは、
一般的な知名度こそまだまだかもしれないが、実は日本だけですでに
11万人ものファンクラブ会員を抱える人気グループだ。
その彼らが今月10日、満を持して「ブロードウェイ」デビューを果たしたのだが、それが単なるブロードウェイではなかった。
アメリカの巨大ネットワーク局「CBSテレビ」の視聴者を前に、ブロードウェイのエド・サリバン劇場でパフォーマンスを披露したのだ。
TAOが出演したのは、CBSの夜の看板番組「ザ・レイトショー」。
昨年デービッド・レターマンからスティーブン・コルベアが司会役を引き継いた長寿番組で、毎晩「旬な」ゲストを迎えてトークを繰り広げる。
TAOと同じ日に出演したのは、映画『ズーランダー2』のプロモーションに訪れた人気俳優ベン・スティラーと、米大統領選で民主党の候補者指名争いに出馬しているバーニー・サンダース上院議員だ。
そんな大物たちと同じ枠内でコルベアから紹介され、和太鼓の演奏をメインにしたド迫力のステージを展開して観客から喝采を浴びた。
私自身も
2月11~14日にニューヨークのオフ・ブロードウェイで行われたTAOの公演『DRUM HEART』の最終日に足を運んだが、その圧巻のパフォーマンスに観客が度胆を抜かれ、スタンディングオベーションを繰り返すのを目の当たりにした。
約2時間の公演中、舞台の上で奏でられるのは数種類の和太鼓に三味線、琴や篠笛といった伝統楽器。
しかも、単なる演奏に留まらず、アクロバティックなパフォーマンスあり、ファッションショーさながらの華やかな衣装ありと「魅せる」ポイントが満載で、そのどれもが外国人のツボにはまる。
TAOが彼らを総立ちにさせるのは、そこに
「クールジャパン」の要素がたっぷり詰まっている
からだ。
例えば、黒髪を振り乱しながら長刀を操ったり、ミュージシャンというよりアスリートのように鍛え上げられた肉体で和太鼓を叩きまくる日本男児たちは、外国人から見ればまさに「サムライ」そのもの。
公演の前半が終わった休憩中、客席の若い白人女性が
「Oh my gooood! I am obsessed!!(ヤバイ!ハマっちゃったー!!)」
と叫んで目をハートにさせているのを見て、私は思わずニンマリした。
「太鼓を叩くEXILE」のような勇ましいサムライたちが、男女を問わず観客をウットリさせているのである。
さらに、男性ばかりの舞台をキリリと締めるのはクールなアジアンビューティーを身にまとう4人の女性たちだ。
座長でもある西亜里沙が叩く太鼓にはその日で一番しびれたし、彼女たちが奏でる琴や篠笛は男性的な舞台に女性的な柔らかさを加えていた。
次々と変わる「斬新な和装」を思わせるステージ衣装も格別で、「ファッション大国」としての日本の顔を惜しみなく披露する。
外国人も声を挙げて笑う絶妙なユーモアさえ登場するTAOの舞台は、まさに世界に通じるエンターテインメント。
それもそのはず、『DRUM HEART』(日本では昨年『百花繚乱 日本ドラム絵巻』として上演)を演出したのは宮本亜門であり、衣装を手掛けたのは国際的ファッションデザイナ―のコシノジュンコだった(宮本による演出は今作が初めてで、コシノとは2012年からタッグを組んでいる)。
■結成は95年、
当初から海外を見据え、22カ国で650万人を動員
さてこのTAO、一体何者なのか。
大分県を本拠地とするTAOのプロダクション事務所によれば、男女34人のパフォーマーは18~45歳の平均25歳。
入団希望者は年間100人に上るが、狭き門をくぐって入団できるのはそのうち10人程度だ。
ほとんどが和太鼓経験者だが、前職はロックバンド、美容師、バーテンダー、自衛隊員などさまざま。
彼ら全員が大分県竹田市久住町の山奥に建設された複合施設「TAOの里」で共同生活を送りながら、毎年新作のオリジナル舞台を作っているという。
ちなみにTAOの里は稽古場やステージ、トレーニングジム、スパ、ゲストハウスなどを備えているが、住居空間は研修生だと集団でログハウス、新人はプレハブ、中堅はホテルの客室のような部屋に1人ずつ、ベテランは高級マンションと、出世するごとにランクアップしていくというから面白い。
TAOは結成時から海外を見据えていた。
もともとはラスベガスにチャレンジしたいという和太鼓グループがその夢を実現できず、路頭に迷っていたところに、外資系商社や大手流通企業で勤務経験のある藤高郁夫氏が手を貸す形で95年に活動を開始。
太鼓とは無縁だった藤高氏が社長となり、舞台演出や音楽制作など総指揮を執って現在のTAOを作り上げたという。
日本でも全国ツアーをするなど多くの公演をこなしているが、2004年には初の海外公演を果たし、スコットランドで毎年開かれる世界的な芸術祭「エジンバラ・フェスティバル・フリンジ」に参加。
1800団体が集う同フェスティバルでその年と翌年のチケットセールスNo.1を樹立するほど人気を博してワールドツアーを開始し、現在までにアジアを含む世界22カ国で650万人以上を動員してきた。
21年目での「ブロードウェイ」デビューは、むしろ遅すぎたと言えるほどかもしれない。
当然のことながら、当初は伝統芸能を現代的なエンターテインメントに昇華させるTAOのやり方には各地の和太鼓保存会などから賛否両論あったという。
とはいえ、TAOの舞台が日本の和太鼓ファンにとどまらず、世界で受け入れられているのは事実だ。
TAOが今後向かうのは、アイリッシュダンスとアイルランド音楽の世界的ショー『リバーダンス』のような道かもしれない。
アイルランドの「顔」にまで成長したリバーダンスは、TAOと同じ95年の初演以来、全世界で2500万人以上を魅了してきた。
TAOは「日本の顔」になれるのだろうか。
14年には観光庁から「観光庁長官表彰」を送られたというが、政府はどうか、全世界に放映されるオリンピックで「嵐のニャー」と同じ轍は踏まないでほしい。
TAOにはCBSとニューヨーカー、国外のファンたちが太鼓判を押している。
少なくとも、外国人から失笑されることはないはずだ。
』


●外国人のツボにはまる CBSの夜の看板番組「ザ・レイトショー」で喝采を浴び、オフ・ブロードウェイの公演でも目の肥えたニューヨーカーたちを魅了していた © DRUM TAO

●まるで「太鼓を叩くEXILE」のような勇ましさ © DRUM TAO
オーストラリアに住む日本人にとって最高のエンターテイナーとは『TAO』だろう。
TAOは3回オーストラリアツアーを実行している。
多くの人が4回目はいつだろうと心待ちにしている。
私は3回の公演すべてを見た。
最初のときはジーンズのごく普通の青年の登場であった。
だがバチをもった手が下がった瞬間にとんでもない興奮に突き落とされた。
見終わった夜は寝ていてもガンガンと太鼓の音が脳内に響いていた。
2回目は公演情報が入ったその日に前売り券を買いにかけつけた。
いわく「絶対に最前列でみるのだ!」。
ゲットしたのは最前列でそれも中央から2席ほどずれただけの場所。
なにしろ汗が飛んでくるほどの近くであった。
この2回の公演は主に日本人客相手の宣伝であった。
もちろん満席。
ブリスベンでの切符が手に入らなかった友人はゴールドコーストの公演にかけつけてきた。
3回目はオーストラリアンをターゲットにしたもので、日本語新聞にはまったくその宣伝は載らなかった。
たまたま出かけた地元の図書館で公演パンフを目にしたのである。
すぐに予約をする。
前回は最前列で全体が見えにくかったので、この時は中央席で、前から5列目あたりを手にした。
この公演はそれまでとくらべてはるかにパフォーマンス化されて、叩き以上に見せる形に進化していた。
日本人客は少なく圧倒的にオージーであった。
2回目と3回目でそれぞれDVDとCDを買った。
さて、ブロードウエイデビューを果たしたとのことで、オーストラリアの4回目の公演はあるのだろうか。
『
●2月10日放送の「ザ・レイトショー」
A Performance From DRUM TAO
2016/02/11 に公開
Drum Tao gives a performance from their newest percussion and dance show, Seventeen Samurai.
』
『
ニューズウイーク 2016年2月23日(火)11時09分 小暮聡子(ニューヨーク支局)
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2016/02/tao.php
外国人を(嵐よりも)魅了するサムライ集団「TAO」って何者?
華々しい「ブロードウェイ」デビューを飾った大分発の和太鼓集団『DRUM TAO』は、日本を国外に売り込む「顔」になれるかもしれない
覚えている人もいるかもしれないが、5年前、日本の観光庁が国外向けに日本のPR映像を作って、外国人から失笑を買った「事件」があった。
映像では、人気グループ「嵐」のメンバーがそれぞれ日本の観光地を訪れ、招き猫の真似をして「ニャー」と鳴く。
当時、仏フィガロ紙の東京特派員で辛口親日家であるレジス・アルノー氏は、本誌に
「嵐がニャーと鳴く国に外国人は来たがらない」
と題するコラムを寄せ、観光庁の勘違いぶりをこう嘆いた。
「日本はなぜ『最高の顔』で自分を売り込もうとしないのか。
洗練された職人や建築家、知識人、画家、料理人ではなく、国内限定のスターを宣伝に使うなんて」
観光庁は、その映像をニューヨーク・タイムズスクエアの大型ビジョンを皮切りに全世界133カ国・地域以上で流していくと豪語していた。
その後ニューヨークに赴任した私は、あの映像が世界最高のエンターテインメントが集結するこの街のど真ん中で流れていたのかと赤面したものだが、同時に
外国人を虜にする日本の「最高の顔」とは何か
と考えを巡らせてきた。
4年後の東京オリンピックに向けて、今後は開閉会式のパフォーマー選びが加速するだろう。
確かに嵐は観光庁が訪日客のターゲットにしている東アジアでは人気だが、残念ながら「世界に通じる」とは言いがたい。
もっと幅広い層の外国人を取り込める「顔」はないものか――そう思っていたところ、先日ついに目撃してしまった。
嵐とは別の"サムライ集団"が、目の肥えたニューヨーカーたちを熱狂させている姿を!
その精鋭たちとは、日本人の和太鼓集団『DRUM TAO』。
男性26人、女性8人から成るTAOは、
一般的な知名度こそまだまだかもしれないが、実は日本だけですでに
11万人ものファンクラブ会員を抱える人気グループだ。
その彼らが今月10日、満を持して「ブロードウェイ」デビューを果たしたのだが、それが単なるブロードウェイではなかった。
アメリカの巨大ネットワーク局「CBSテレビ」の視聴者を前に、ブロードウェイのエド・サリバン劇場でパフォーマンスを披露したのだ。
TAOが出演したのは、CBSの夜の看板番組「ザ・レイトショー」。
昨年デービッド・レターマンからスティーブン・コルベアが司会役を引き継いた長寿番組で、毎晩「旬な」ゲストを迎えてトークを繰り広げる。
TAOと同じ日に出演したのは、映画『ズーランダー2』のプロモーションに訪れた人気俳優ベン・スティラーと、米大統領選で民主党の候補者指名争いに出馬しているバーニー・サンダース上院議員だ。
そんな大物たちと同じ枠内でコルベアから紹介され、和太鼓の演奏をメインにしたド迫力のステージを展開して観客から喝采を浴びた。
私自身も
2月11~14日にニューヨークのオフ・ブロードウェイで行われたTAOの公演『DRUM HEART』の最終日に足を運んだが、その圧巻のパフォーマンスに観客が度胆を抜かれ、スタンディングオベーションを繰り返すのを目の当たりにした。
約2時間の公演中、舞台の上で奏でられるのは数種類の和太鼓に三味線、琴や篠笛といった伝統楽器。
しかも、単なる演奏に留まらず、アクロバティックなパフォーマンスあり、ファッションショーさながらの華やかな衣装ありと「魅せる」ポイントが満載で、そのどれもが外国人のツボにはまる。
TAOが彼らを総立ちにさせるのは、そこに
「クールジャパン」の要素がたっぷり詰まっている
からだ。
例えば、黒髪を振り乱しながら長刀を操ったり、ミュージシャンというよりアスリートのように鍛え上げられた肉体で和太鼓を叩きまくる日本男児たちは、外国人から見ればまさに「サムライ」そのもの。
公演の前半が終わった休憩中、客席の若い白人女性が
「Oh my gooood! I am obsessed!!(ヤバイ!ハマっちゃったー!!)」
と叫んで目をハートにさせているのを見て、私は思わずニンマリした。
「太鼓を叩くEXILE」のような勇ましいサムライたちが、男女を問わず観客をウットリさせているのである。
さらに、男性ばかりの舞台をキリリと締めるのはクールなアジアンビューティーを身にまとう4人の女性たちだ。
座長でもある西亜里沙が叩く太鼓にはその日で一番しびれたし、彼女たちが奏でる琴や篠笛は男性的な舞台に女性的な柔らかさを加えていた。
次々と変わる「斬新な和装」を思わせるステージ衣装も格別で、「ファッション大国」としての日本の顔を惜しみなく披露する。
外国人も声を挙げて笑う絶妙なユーモアさえ登場するTAOの舞台は、まさに世界に通じるエンターテインメント。
それもそのはず、『DRUM HEART』(日本では昨年『百花繚乱 日本ドラム絵巻』として上演)を演出したのは宮本亜門であり、衣装を手掛けたのは国際的ファッションデザイナ―のコシノジュンコだった(宮本による演出は今作が初めてで、コシノとは2012年からタッグを組んでいる)。
■結成は95年、
当初から海外を見据え、22カ国で650万人を動員
さてこのTAO、一体何者なのか。
大分県を本拠地とするTAOのプロダクション事務所によれば、男女34人のパフォーマーは18~45歳の平均25歳。
入団希望者は年間100人に上るが、狭き門をくぐって入団できるのはそのうち10人程度だ。
ほとんどが和太鼓経験者だが、前職はロックバンド、美容師、バーテンダー、自衛隊員などさまざま。
彼ら全員が大分県竹田市久住町の山奥に建設された複合施設「TAOの里」で共同生活を送りながら、毎年新作のオリジナル舞台を作っているという。
ちなみにTAOの里は稽古場やステージ、トレーニングジム、スパ、ゲストハウスなどを備えているが、住居空間は研修生だと集団でログハウス、新人はプレハブ、中堅はホテルの客室のような部屋に1人ずつ、ベテランは高級マンションと、出世するごとにランクアップしていくというから面白い。
TAOは結成時から海外を見据えていた。
もともとはラスベガスにチャレンジしたいという和太鼓グループがその夢を実現できず、路頭に迷っていたところに、外資系商社や大手流通企業で勤務経験のある藤高郁夫氏が手を貸す形で95年に活動を開始。
太鼓とは無縁だった藤高氏が社長となり、舞台演出や音楽制作など総指揮を執って現在のTAOを作り上げたという。
日本でも全国ツアーをするなど多くの公演をこなしているが、2004年には初の海外公演を果たし、スコットランドで毎年開かれる世界的な芸術祭「エジンバラ・フェスティバル・フリンジ」に参加。
1800団体が集う同フェスティバルでその年と翌年のチケットセールスNo.1を樹立するほど人気を博してワールドツアーを開始し、現在までにアジアを含む世界22カ国で650万人以上を動員してきた。
21年目での「ブロードウェイ」デビューは、むしろ遅すぎたと言えるほどかもしれない。
当然のことながら、当初は伝統芸能を現代的なエンターテインメントに昇華させるTAOのやり方には各地の和太鼓保存会などから賛否両論あったという。
とはいえ、TAOの舞台が日本の和太鼓ファンにとどまらず、世界で受け入れられているのは事実だ。
TAOが今後向かうのは、アイリッシュダンスとアイルランド音楽の世界的ショー『リバーダンス』のような道かもしれない。
アイルランドの「顔」にまで成長したリバーダンスは、TAOと同じ95年の初演以来、全世界で2500万人以上を魅了してきた。
TAOは「日本の顔」になれるのだろうか。
14年には観光庁から「観光庁長官表彰」を送られたというが、政府はどうか、全世界に放映されるオリンピックで「嵐のニャー」と同じ轍は踏まないでほしい。
TAOにはCBSとニューヨーカー、国外のファンたちが太鼓判を押している。
少なくとも、外国人から失笑されることはないはずだ。
』
『


● オーストラリアツアーのCDカバー
●Japanese drum group "Tao"
2013/10/22 に公開
』
『
●和太鼓 TAO タオ 2011.9.18 世界が絶賛 TAO(タオ)の魅力
』
2016年2月27日土曜日
2月14日::にこたまジョギング 10.0km=1時間17分59秒 :【インターネット回復始末】、16日間の盲目状態はよかったのか悪かったのか
_


● 送られてきたスピードアップしたモデムなのだが
『
【注】
このブログは2月27日にアップロードしたものである。
内容は2月14日のジョギングのことであり、その日に日記に書き留めて置いたものをコピーしたものである。
というのはインターネットがしばらくつながらない状態になってしまったからである。
オーストラリアのインターネットは実に遅い。
若いプログラマーが大阪に1年間のワーキングホリデイにいったこときのことである。
彼は日本のインターネットの速度に驚愕して、様々なものを目一杯ダウンロードしてそのCDを運んできた。
世界で一番速いのは韓国で、2番は日本というときもあったが、いまでは日本は4位だったか5位だったかに落ちている。
でも日本のネット速度は十分に速い。
テレストラもこのあたりのノロマさは認識しているようで、光ファイバーを巡らすプロジェクトを進めているという。
先日のことスピードアップしたというモデムを数日前に送ってきた。
付け替えて、なるほど速くなったなと思った。
これまでは映像がstopして、デイスプレイに丸い輪が出てこれがグルグルと回っていたものである。
しばらくするとつながり丸い輪が消える。
このままいくのかな、と思うがそうはいかない。
すぐに画面がフリーズして、また輪が回り始める。
こんな繰り返しであった。
これではとても先進国のネット状態とはいえない。
新しいモデムは少しは速くなったようだが、つながったのはその日1日だけ。
翌日から完全にストップ。
そんなもんだよ、テレストラなんて。
いわく『ケーブルをメンテ中』。
いつまでメンテしているのだ、今日で4日目だぞ。
今日(2月14日)でインターネットが使えなくなって4日目になるのだが、こちらも慌てない。
テレストラの無能さは肌で感じており、怒るだけ無駄と心得ている。
『サービスは悪い、技術力はない、その集大成がテレストラ』
と思っている。

「まだ、テレストラなんて使っているの」
というのが周囲の声の昨今である。
デルのデスクトップ、レノボのノートパソコン、そしてアイフォンの3ツに影響が出ている。
といってもアイフォンは別の電波を選択するようにしているので動かせるのだが。
昨年のことである。
モデムが壊れた。
新しいものを買ってつなげたが繋がらない。
テクニシャンが来るという日待っていたがこない。
更に1週間ほど待った。
やっと来た。
いわく「モデムは正常に動いている」とそれだけである。
「1時間後につながる」と言いおいて帰っていった。
だが、1時間待ってももまるでつながらない。
テレストラいわく、
「いま調べているが、原因がわからない」
あんたの責任だろう!
しびれを切らして抗議したら
「機械を交換するか否かの許可を上司に求めている」
「10日ぐらいかかるかもしれない」
おいおい、どうなっているテレストラは。
バカで無能なテレストラめ!!!!
つながったのはテクニシャンが来てから1週間後であった。
1時間後が1週間後になった。
モデムが壊れてから新しいモデムで通じるようになるまで、トータル26日間インターネットはストップしたままだった。
こうなるとインターネットの無い生活もオツなものだと諦められるほどに長かった、といえるほどになる。
やることがないので、本を読んでいた。
この間に読んだ本がなんと26冊。
まるで数字合わせになってしまった。
ちなみにいつもなら100ドルほどの電話料金がこの時は21ドルに値引きされた。
この経験からテレストラはどうにも使えない、ことが重々わかっている。
なにしろ、バカで、アホで、無能なテレストラ、というイメージが焼き付いてしまっている。
今日で4日目だが、さていつ復旧するのだろう。
気長に待つしか無い。
』
===========
朝陽がきつい。
雲がまったくない。
いたぶられそうだ。
今日は日射しとの戦いになると覚悟する。
目標はいつものようにキロ7分で1時間45分である。
入りの1キロは7分22秒、まあまあだ。
北の折り返しは3.2kmになる。
5kmは「34分48秒」、何とかキロ7分をクリヤした。
中間点は「52分30秒」、見事に真ん中、このままなら1時間45分である。
しかし、後半の方が1分から2分ほど遅れるのがいつものこと。
キロ7分は難しいと思う。
さて、9kmを過ぎるころからやっぱりおかしくなってきた。
体も足も進まない。
パタパタと足を道路に置いていくだけになる。
この状態ではとても15kmは走れない。
ダメだ、と判断する。
南の折り返し点になるゴールドコースト・ブリッジの北詰めが10kmになる。
「1時間11分16秒」である。
中間点から2.5kmをキロ7分半かかっていることになる。
10kmから11kmを測ったら「7:47」である。
足が上がらず地面に摺るようになり、時々路面にシューズがひっかかってつんのめる。
上がらなくなった右足が左足のくるぶしにぶつかりはじめる。
イテテテ!
13kmリタイヤと決め、ラストの2キロを無理せず戻ることにする。
13kmで「1時間34分31秒」、キロ平均だと「7分16秒」である。
日射しに負けたということである。
夏はまだ続いているのである。
【13km 1時間34分31秒 7:16/km】
【前回 2月07日 15km 1時間45分17秒 7:01/km】
ときどき出会う老人がGCマラソンの「10kmラン」のコースを走っているようだ、とカミさん言う。
この人には私もたまにすれ違うことがある。
いや、確かに老人だ。
自分の老人性を棚に上げて他人のことを言うこともないのだが。
そこそこガンバっているようである。
着ているシャツが10kmランの完走Tシャツなので10kmランナーであることがわかる。
まあよく走っているもんだ、と感心するほどである。
でもカミさんは抜かれるだけだという。
抜かしたことはない、とのこと。
今日はその老人が走っている公式10kmコースで走ってみる、という。
かかったタイムは「1時間17分59秒」。
一部は道路沿いになるので、いくつかの信号待ちにぶつかる。
走りやすいコースではない。
終わったあと「もう、やめた」ということであった。
一度経験すれば再び走りたいとは思わないということであろう。
まあそうだろう、走っているときの信号待ちくらい苛つくものはない。
いま走っている片道6.3kmの遊歩道コースがなぜいいかというと、信号待ちが1カ所しかないからである。
いつも信号無視である。
というのはキャラバンパークとコーストガイドへの出入り用で、ほとんど危険性がないからである。
まったく信号待ちをしないコースもある。
海岸を走ることである。
スピットからマイアミ・ロックまで片道20kmをノンストップで行かれる。
【インターネット回復へ道のり】
【7日目】
不通になって7日間が過ぎた。
毎日のように案内パンフレットに書いてあったコールセンターに電話をするがラチがあかない。
ここは朝の8時から夜の8時までしかやっていない。
ひどいもんだ。
7日目の夜にプログラマーの息子が来たので彼にまかせる。
テレストラの24時間対応のコールセンターに電話を入れる。
どうもテレストラ側のバグのようである。
24時間以内に復旧させるとのことである。
果たしてどうなるか。
もし復旧したら、この7日間の不通に対応する料金が割り引かれることになるだろう。
もしインターネットで商売などしていたらどういう保証がつくのだろうか。
【8日目】
やはり24時間ではつながらなかった。
1時間後が1週間になるのがテレストラだから、1日後は1カ月後になってもおかしくはない。
【9日目】
9日目でテレストラが言うには「明後日に結果が出る」ということのみ。
復旧するということではない。
何の結果だろう。
前回のように、結果が出て、もしデバイスの変更などが必要なら上司に上げて決済をもらってそれから動くことになるのだろうか。
今日と明日10日目はインターネットは使えないということである。
【10日目】
つながらず。
【11日目】
つながらず。
【12日目】
つながらず。
【13日目】
つながらず。
カミさんが2時間ちかくテレストラとやりあっていた。
そのうちテレストラのコールセンターがお手上げになり技術者を送るという。
ここまではよかったがっそれは有料だという。
カミさんが怒った
「勝手にモデムを送ってきて交換させ、つながらないからといってお金をとるとはなにごとだ。
テレストラはつながらないモデムで金をとるのか!」
というわけである。
【14日目】
つながらず。
【15日目】
つながらず。
【16日目】
つながらず。
午後のテレストラとやりあって、
「調べますので、24時間絶対にアクセスしないでください」
という言質があった。
果たしてそれで済むとは思えないが。
コールセンターのオペレーターは能力に大きな差がある。
ただマニアル通りに受け答えする人と、一歩踏み込んで対応する姿勢をとる人がいる。
まあ、どちらもあまり期待はできないが、いろいろ向こうから試してみてこちらのモデムに異常がないことはわかっているので、後はテレストラ本体にオペレーターがどれだけ圧力かけられるかという問題につきるのだろう。
【17日目】
夕方、17日目にして回復した。
ただし、私のパソコンはプラグインのみのコネクトで、ワイヤレスではつながらない。
私のはVistaなのでサポートは打ち切られており、そのせいかなとも思う。
カミさんのはセブンでWifiでつながる。
しばらくは後処理におわれることになる。
そのうち、インターネットがない時期をうらやましくなることがあるだろう。
この間、読んだ本は24冊である。
よく読んだ。
【新モデムの説明書】








● 送られてきたスピードアップしたモデムなのだが
『
【注】
このブログは2月27日にアップロードしたものである。
内容は2月14日のジョギングのことであり、その日に日記に書き留めて置いたものをコピーしたものである。
というのはインターネットがしばらくつながらない状態になってしまったからである。
オーストラリアのインターネットは実に遅い。
若いプログラマーが大阪に1年間のワーキングホリデイにいったこときのことである。
彼は日本のインターネットの速度に驚愕して、様々なものを目一杯ダウンロードしてそのCDを運んできた。
世界で一番速いのは韓国で、2番は日本というときもあったが、いまでは日本は4位だったか5位だったかに落ちている。
でも日本のネット速度は十分に速い。
テレストラもこのあたりのノロマさは認識しているようで、光ファイバーを巡らすプロジェクトを進めているという。
先日のことスピードアップしたというモデムを数日前に送ってきた。
付け替えて、なるほど速くなったなと思った。
これまでは映像がstopして、デイスプレイに丸い輪が出てこれがグルグルと回っていたものである。
しばらくするとつながり丸い輪が消える。
このままいくのかな、と思うがそうはいかない。
すぐに画面がフリーズして、また輪が回り始める。
こんな繰り返しであった。
これではとても先進国のネット状態とはいえない。
新しいモデムは少しは速くなったようだが、つながったのはその日1日だけ。
翌日から完全にストップ。
そんなもんだよ、テレストラなんて。
いわく『ケーブルをメンテ中』。
いつまでメンテしているのだ、今日で4日目だぞ。
今日(2月14日)でインターネットが使えなくなって4日目になるのだが、こちらも慌てない。
テレストラの無能さは肌で感じており、怒るだけ無駄と心得ている。
『サービスは悪い、技術力はない、その集大成がテレストラ』
と思っている。
「まだ、テレストラなんて使っているの」
というのが周囲の声の昨今である。
デルのデスクトップ、レノボのノートパソコン、そしてアイフォンの3ツに影響が出ている。
といってもアイフォンは別の電波を選択するようにしているので動かせるのだが。
昨年のことである。
モデムが壊れた。
新しいものを買ってつなげたが繋がらない。
テクニシャンが来るという日待っていたがこない。
更に1週間ほど待った。
やっと来た。
いわく「モデムは正常に動いている」とそれだけである。
「1時間後につながる」と言いおいて帰っていった。
だが、1時間待ってももまるでつながらない。
テレストラいわく、
「いま調べているが、原因がわからない」
あんたの責任だろう!
しびれを切らして抗議したら
「機械を交換するか否かの許可を上司に求めている」
「10日ぐらいかかるかもしれない」
おいおい、どうなっているテレストラは。
バカで無能なテレストラめ!!!!
つながったのはテクニシャンが来てから1週間後であった。
1時間後が1週間後になった。
モデムが壊れてから新しいモデムで通じるようになるまで、トータル26日間インターネットはストップしたままだった。
こうなるとインターネットの無い生活もオツなものだと諦められるほどに長かった、といえるほどになる。
やることがないので、本を読んでいた。
この間に読んだ本がなんと26冊。
まるで数字合わせになってしまった。
ちなみにいつもなら100ドルほどの電話料金がこの時は21ドルに値引きされた。
この経験からテレストラはどうにも使えない、ことが重々わかっている。
なにしろ、バカで、アホで、無能なテレストラ、というイメージが焼き付いてしまっている。
今日で4日目だが、さていつ復旧するのだろう。
気長に待つしか無い。
』
===========
朝陽がきつい。
雲がまったくない。
いたぶられそうだ。
今日は日射しとの戦いになると覚悟する。
目標はいつものようにキロ7分で1時間45分である。
入りの1キロは7分22秒、まあまあだ。
北の折り返しは3.2kmになる。
5kmは「34分48秒」、何とかキロ7分をクリヤした。
中間点は「52分30秒」、見事に真ん中、このままなら1時間45分である。
しかし、後半の方が1分から2分ほど遅れるのがいつものこと。
キロ7分は難しいと思う。
さて、9kmを過ぎるころからやっぱりおかしくなってきた。
体も足も進まない。
パタパタと足を道路に置いていくだけになる。
この状態ではとても15kmは走れない。
ダメだ、と判断する。
南の折り返し点になるゴールドコースト・ブリッジの北詰めが10kmになる。
「1時間11分16秒」である。
中間点から2.5kmをキロ7分半かかっていることになる。
10kmから11kmを測ったら「7:47」である。
足が上がらず地面に摺るようになり、時々路面にシューズがひっかかってつんのめる。
上がらなくなった右足が左足のくるぶしにぶつかりはじめる。
イテテテ!
13kmリタイヤと決め、ラストの2キロを無理せず戻ることにする。
13kmで「1時間34分31秒」、キロ平均だと「7分16秒」である。
日射しに負けたということである。
夏はまだ続いているのである。
【13km 1時間34分31秒 7:16/km】
5km 34:48 34:48
10km 36:28 1:11:16
13km 23:15 1:34:31
【前回 2月07日 15km 1時間45分17秒 7:01/km】
5km 34:31 34:31
10km 35:37 1:10:08
15km 35:09 1:45:17
この人には私もたまにすれ違うことがある。
いや、確かに老人だ。
自分の老人性を棚に上げて他人のことを言うこともないのだが。
そこそこガンバっているようである。
着ているシャツが10kmランの完走Tシャツなので10kmランナーであることがわかる。
まあよく走っているもんだ、と感心するほどである。
でもカミさんは抜かれるだけだという。
抜かしたことはない、とのこと。
今日はその老人が走っている公式10kmコースで走ってみる、という。
かかったタイムは「1時間17分59秒」。
一部は道路沿いになるので、いくつかの信号待ちにぶつかる。
走りやすいコースではない。
終わったあと「もう、やめた」ということであった。
一度経験すれば再び走りたいとは思わないということであろう。
まあそうだろう、走っているときの信号待ちくらい苛つくものはない。
いま走っている片道6.3kmの遊歩道コースがなぜいいかというと、信号待ちが1カ所しかないからである。
いつも信号無視である。
というのはキャラバンパークとコーストガイドへの出入り用で、ほとんど危険性がないからである。
まったく信号待ちをしないコースもある。
海岸を走ることである。
スピットからマイアミ・ロックまで片道20kmをノンストップで行かれる。
【インターネット回復へ道のり】
【7日目】
不通になって7日間が過ぎた。
毎日のように案内パンフレットに書いてあったコールセンターに電話をするがラチがあかない。
ここは朝の8時から夜の8時までしかやっていない。
ひどいもんだ。
7日目の夜にプログラマーの息子が来たので彼にまかせる。
テレストラの24時間対応のコールセンターに電話を入れる。
どうもテレストラ側のバグのようである。
24時間以内に復旧させるとのことである。
果たしてどうなるか。
もし復旧したら、この7日間の不通に対応する料金が割り引かれることになるだろう。
もしインターネットで商売などしていたらどういう保証がつくのだろうか。
【8日目】
やはり24時間ではつながらなかった。
1時間後が1週間になるのがテレストラだから、1日後は1カ月後になってもおかしくはない。
【9日目】
9日目でテレストラが言うには「明後日に結果が出る」ということのみ。
復旧するということではない。
何の結果だろう。
前回のように、結果が出て、もしデバイスの変更などが必要なら上司に上げて決済をもらってそれから動くことになるのだろうか。
今日と明日10日目はインターネットは使えないということである。
【10日目】
つながらず。
【11日目】
つながらず。
【12日目】
つながらず。
【13日目】
つながらず。
カミさんが2時間ちかくテレストラとやりあっていた。
そのうちテレストラのコールセンターがお手上げになり技術者を送るという。
ここまではよかったがっそれは有料だという。
カミさんが怒った
「勝手にモデムを送ってきて交換させ、つながらないからといってお金をとるとはなにごとだ。
テレストラはつながらないモデムで金をとるのか!」
というわけである。
【14日目】
つながらず。
【15日目】
つながらず。
【16日目】
つながらず。
午後のテレストラとやりあって、
「調べますので、24時間絶対にアクセスしないでください」
という言質があった。
果たしてそれで済むとは思えないが。
コールセンターのオペレーターは能力に大きな差がある。
ただマニアル通りに受け答えする人と、一歩踏み込んで対応する姿勢をとる人がいる。
まあ、どちらもあまり期待はできないが、いろいろ向こうから試してみてこちらのモデムに異常がないことはわかっているので、後はテレストラ本体にオペレーターがどれだけ圧力かけられるかという問題につきるのだろう。
【17日目】
夕方、17日目にして回復した。
ただし、私のパソコンはプラグインのみのコネクトで、ワイヤレスではつながらない。
私のはVistaなのでサポートは打ち切られており、そのせいかなとも思う。
カミさんのはセブンでWifiでつながる。
しばらくは後処理におわれることになる。
そのうち、インターネットがない時期をうらやましくなることがあるだろう。
この間、読んだ本は24冊である。
よく読んだ。
【新モデムの説明書】






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