2015年12月31日木曜日

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<< 終了 >>

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2015年大晦日:今年の終わり

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 明日はお正月である。
 お神酒は京都力のおみやげとしてもらった「花洛」である。

『
特別純米 花洛 辛口原酒
http://shoutoku-shop.com/?pid=81739048


京都の契約栽培米100%を使用し、伏見の名水で醸した、すっきりとした酸味ときりっと辛口のキレのよい純米酒です。
カラスミなどの濃厚な旨味の珍味と相性抜群で冷酒からお燗までお楽しみいただけるほか、氷を浮かべてロックもお奨めです。
お酒に合う料理

カラスミなどの濃厚な旨味の珍味

原料米 : 西山農場産米
アルコール度数 : 18度
日本酒度 :+6
酸度 : 1.7
アミノ酸度 : 1.4
』


 「お正月のお茶がない」
とアセッテいたカミさんがどこかから見つけ出してきたのが「てきてき 笑‐えみ‐」というお茶。



 鹿児島産とある。
 九州のお茶といえばなんと言っても嬉野のお茶になる。
 鹿児島のお茶というのは始めてである。
 娘が送ってきたものだというが、えらくローカルなお茶のように思えるのだが。
 物産展かなんかに行ったとき買ったものだろうか。

 検索してみた。
『
リーフ緑茶 てきてき 笑‐えみ‐ 

”笑顔”は素敵な人の共通点です。カラダの内側からキレイになりたい、そんな願いを込めて
てきてき 笑‐えみ‐ を作りました。
緑茶にはカラダにうれしい成分がたくさん含まれています。
なかでも茶カテキンはお肌の老化の原因となる
活性酸素を消してくれる働きがあります。またビタミンCも豊富に含まれているので、毎日飲むだけで
美肌効果が期待できます。

◆茶のんスタッフおすすめの淹れ方  
てきてき笑‐えみ‐は清涼感と程よい旨みがバランスよく感じられる毎日飲んでも飽きない味のお茶です。
私がおすすめする淹れ方のポイントは

①茶葉は1人分3g ②お湯の温度は80℃ ③抽出時間は30秒

ちょっと熱めのお湯でサッと入れて、お茶の清涼感、香ばしさを引き出します。
食事の時にちょうど良い味わいです。
サッと淹れているので、2煎目、3煎目にも程よい旨みが残って、食事中に何度もおかわりできます。
』

お正月となると「お供え」だが、フジマートで買ってきた。
 20ドル、30ドル、40ドルとあるのだが、買ったのは20ドルである。
 我が家には神棚はない、仏壇だけである。
 それもこちらの家具屋で買った食器棚を転用したもので幅が狭い。
 いわゆる団地サイズクラスになる。
 値段が高くなる大きさが大きくなる。
 最低限で十分である。
 組み立て式で作るとなかなか見栄えがして豪華になる。


● 1セットが箱入りである



● 組み立て方


● 組み立てると



● 仏壇にセットすると目いっぱいになる


  おせち料理はない。
  お酒のおつまみは通常、ベビーオクトパスを軽くオーブンで焼くというか、水分が出るので煮るというか、それを食している。
 いわゆるタコである。
 ワサビ醤油で食べるのだが、お酒のおつまみには最適である。

『
http://pommp.go-jin.com/e51978.html

ベビーオクトパスは、イイダコなのか微妙に違うのか分かりませんが、見た感じイイダコなタコです。
オーストラリアでタコと言えば、このタイプが主流のようです。
ギリシャ料理屋さんだと、タコ足のグリルが食べれたりしますが。

ところでタコは適当に火を通すとゴムみたいな食感になってしまいます。
柔らかいしっかり醤油味のイイダコが食べたい。
大丈夫。
きっとできるさ。

イイダコはとにかくヌルってる。
塩を振って水で洗ってからヌメリをとるよ。

中は取ってあるけど目や口ばしが残っている時があるから取り去るよ。
がんばれ。

醤油 大匙3
みりん 大匙2
砂糖 大匙2
酒 1/3カップ
水 1/2カップ

ショウガを入れると美味しいよ。

タコは長く火を通すと柔らかくなります。
私はいつも弱火で40分を目安にしています。
食べてみて。
たこ、驚くべき柔らかさっ!
焼酎飲みたい。
』

 ところが、このベビーオクトパス、クリスマスになって高価なエビやカニに売り場を占領されて出てこない。
 今日もランナウエイベイに行ってみるがあるだろうか。
 なければエビになってしまう。

 さてさて、明日はお正月である。

 このブログもこれで終わりである。



【にこたま】




【補】
 午後にベビーオクトパスを見にいった。
 あった。
 キロで14ドルである。
 エビなどは26ドルくらいしているから、タコは半値で安い。


● ランナウエイベイのウールワース、この中の魚屋へ行く

 以前、魚はペンギンの餌付けで著名な「Charis Seafrood」(通称ペリカンシーフード)で買っていた。
 ここではサシミといえばサーモンで、食べたくなるとここに来ていた。
 よって週一回くらいは魚の日になっていた。



●「Charis Seafrood」


  ところが2,3年前に経営者がかわってから、とてもサシミでは食べられないほどに鮮度が落ちてしまった。
 それから足が遠のいてしまった。
 ウワサ話によると、東洋系が繁盛をするこの店に目をつけ、高額な金額で買収したという。
 それから、ここのサカナは生では食べられなくなったという。
 この話にはオチがあって、旧の経営者は今はウールワースで小さく魚屋をやっているという。
 それが、このランナウエイベイのウールワースである。
 それならばとサーモンの切り身を買ってサシミにしてみた。
 オー、食べられる。
 一般のウールワースの魚屋の切り身は絶対にサシミで食べられるようなシロモノではない。
 ウワサは本当なのかも。

 なを、ランナウエイ・マリーナには週1回くらいの割りあいで漁船が入港するという。
 ツテのある友人は、そのときはマリーナから電話があって、買いにいくのだという。


● さて、夜はベビーオウトパスをサカナに焼酎はないのでワインで楽しんだ



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2015年12月30日水曜日

12月30日::にこたまジョギング 10.0km=1時間16分**秒 :今季最後のランニングだったのにシューズを忘れた!

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●シューズを間違えてローリングタイプのスニーカーで走ることになった。



●ローリングタイプの底は



●ランニングシューズとの比較

 今日は今年(というより今季といったほうが正しい)最後のランニングであった。
 このところ15kmを走れていないので、最後の今日は少々きつくても明日から休みに入ることを考えて、15km完走を目指すことにしている。

 だが、早めに出かけていって、いざ走ろうとしたら何かが可怪しい。
 足が腫れぼったい。
 よくよくみたらシューズがランニングシューズではない。
 普段履いているスニーカーである。
 家を出るときにシューズは履いて出るので走るまで気が付かなかった。
 このシューズは足底が膨らんでいるローリングタイプのウオーキングスニーカーである。
 どうする、家に帰って履き替えてくるか、それともこのシューズで走るか。
 ニューバランスの製品でランニングシューズより軽い製品である。
 その軽さゆえに気が付かなかったのだろう。

 ちょっと迷ったが、そのまま走ることにした。
 ゆるい紐をきつく締め直して、足が靴の中でブラブラしないようにする。
 目標をかえて10kmにした。
 もし、走れるようなら13kmを狙うことにする。
 始めてのことなので、足がどうなるか見当がつかない。
 痛めることになっても安心して戻れるように、前回同様に北コースをのみを使い、南へは行かないことにする。
 走り始めてみる。
 土踏まずの部分が弓状に膨らんでいるため、ここからの感触が強い。
 ゆっくりゆっくりのジョギングである。
 最低でも10kmは走りきりたいので無理は禁物である。

 気象条件はいい。
 陽は雲に隠れている。
 気温もそこそこ低い方である。
 蒸し暑さもない。
 風は弱風で、ジョギング程度なら心地よいほどである。
 シューズを間違えなければ、絶好のランニング日和と感じて走ってしまうことだろう。
 目線は常に足元に落とし、足の症状を伺いながらのんびりノンビリ走る。

 5kmは「37分33秒」。
 とてつもなく遅い。
 まさにジョギング。
 キロでは「7分30秒」である。
 靴と足の関係にギクシャクはない。
 中間地点あたりを通過した時、このまま無理せず走っていけば、もしかしたら15km走れるかもしれないと思う。
 このとき陽が刺してきた。
 このまま陽が出っぱなしなら13kmにだろう。
 9km手前で厚い雲が張り出してきた。
 大丈夫、15km行かれそうである。
 足も靴に馴染んできている。
 スピードを上げてみる。
 不具合はない。

 10km通過する。
  この5kmは「6分50秒」である。
 7分を切っている。
 トータルでは「1時間11分43秒」、キロ平均7分10秒である。
 このままいけばキロ7分を切れるかもしれない。

 10kmから11kmの1キロを「6:29」で走れた。
 これまでゆっくり走ってきた分、スタミナが余っている。
 12kmは南の折り返しで、残り3kmは弱いが向かい風になる。
 ジョギングなら問題にならない向かい風もランニングだと、足を押しとどめるように作用する。
 また、陽が刺してきた。
 空にはもう雲はない。
 残りはこの陽射しの中を走ることになりそうだ。
 風と陽射しのどちらがイヤかというと、陽射しである。
 風は足を止めるが、陽射しは体を止める。
 しかし、いい按配にこの向かい風が陽射しの苦痛を弱めてくれる。
 ありがたいことだ。
 13kmを通過する。
 あと2キロ。
 キロ7分でいけば楽に1時間45分(キロ7分)は切れる。
 
 15kmを走りきった。
 「1時間43分37秒」、総合キロ平均「6分55秒」である。
 この5kmは「31分50秒」。
 とんでもなく速い。
 キロ「6分24秒」くらいで走っている。

 走り始めた時は10km走を想定していたが、一度諦めた15kmを走れたというのは運がいい。
 今季最後の走りであったが、ランニングシューズの忘れでダメかなと思ったのに、結果は予定通りに走り終えることができた。
 これで今季は終了である。

【15km 1時間43分37秒 6:55/km】
 5km   37:33     37:33
10km   34:10   1:11:43
15km   31:54   1:43:37


【前回12月09日 15km 1時間41分18秒 6:45/km】
 5km   34:18     34:18
10km   33:16   1:07:34
15km   33:44   1:41:18


 カミさんは「1時間16分少々」とのことであった。
 7月からこの半年にカミさんは200キロ以上、私は350キロほど走ったことになる。



 これでしばらく休みに入る。
 再開はおそらく3月に入ってからだろう。



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2015年12月27日日曜日

ゴールドコーストマラソンでの日本人の顔といえば川内優輝なのだが:「なぜ彼が」という疑問?

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 ゴールドコーストマラソンでの日本人の顔といえば川内優輝。
 女子ならコースレコードを持つ赤羽 有紀子、あるいは優勝2回の吉田香織などあげられるが、知名度というとやはりこの『公務員ランナー』の異名を持つ川内優輝にまさるものはいない。

『
東洋経済オンライン 2015年12月27日 津田 誠一 :元学習院大学陸上競技部監督
http://toyokeizai.net/articles/-/97953

最強市民ランナーが少ない練習で勝てるワケ


●最強市民ランナーと呼ばれる川内優輝選手が少ない練習で勝てるワケは?(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

2007年の第1回東京マラソン開催が口火を切り、その後右肩上がりの勢いをみせるマラソンブーム。
日本陸連公認コースでのフルマラソン完走者数だけでも、5年前の2.5倍に増えているといいます。
中でも働き盛りの30代後半から50代前半のビジネスパーソンが非常に多くなっています。
たばこ、お酒、深夜食など……挙句の果てに健康診断で“メタボ”を宣告されるなど、不摂生を一通り経験し、走りに目覚めた市民ランナーたちが多いのです。
そんな市民ランナーの星であり、“最強の市民ランナー”と呼ばれているのが川内優輝選手(埼玉県庁)。
その川内選手、現在の姿からは想像できないほど高校時代は無名の選手でした。
箱根駅伝とは無縁の学習院大学に入学し、弱小の同校陸上競技部で出会ったのが、津田誠一監督(当時)でした。
いったい、どのようにして川内選手の才能を開花させたのでしょうか? 
津田元監督の話を聞けば、現在の走りを見直すきっかけになるかもしれません。


 "公務員ランナー"として有名になった川内優輝(埼玉県庁)は、私が学習院大で陸上競技部の監督を務めていたときの教え子です。
 私の指導(練習)法は、当時も今も、週2回だけ集中して走力を強化する「ポイント練習」が軸。
 その他の日は、基本的に疲れを抜きながらジョッグをするというシンプルな内容です。
 多くの市民ランナーは、通り一遍のジョッグをしたり、必要以上に高強度の強化練習をこなしたりして、練習の効率がよろしくありません。

■メリハリを重視した練習法

 その点、私の練習法はメリハリを重視しています。
 具体的には、
★.週半ばの水曜に「スピード練習」(インターバル走やペース走)、
★.週末の土曜に「距離走」(20〜30㎞)をします。

 日曜に自己記録を狙うような本命レースがある場合は土曜を調整にあてたり、本命レースではなくても練習代わりにレースに出場したりと、そのへんは若干変則的です。
 スピードや距離は、ランナーのレベルによって柔軟に変化させる必要がありますが、ここはひとまず川内を基準に話を進めることにします。
 いずれにせよ週2回、水曜と土曜のポイント(強化)練習が、私の練習法の軸となるわけです。

 集中して走力を強化するポイント練習といっても、スピード練習も距離走も、ペース(速度)はそれほど速く設定しません。
 むしろ、それぞれの走力に応じて、"やや抑え気味にする"のがコツです。
 そのベースには
 「歯を食いしばりながら頑張って練習すれば速くなるってものじゃない」
ということがあります。

 ランナーは自分の"最低ペース"というものを知っておくことが大切です。
 最低ペースとは、レース中にどれだけ苦しくなっても、それ以上はペースダウンすることなく走れるペースのこと。
 この最低ペースを底上げすることこそが私の練習の目的であり、マラソンランナーが強くなるポイントなのです。
 最低ペースを底上げするには、スピード練習でも距離走でも、
 最初から最後まで一定ペースを保つことが大切
になります。

 そのためには
1].「ランニングフォームを乱さない」
2].「"膝のタメ"を使う」
という2つの点を意識しながら練習することです。
 "膝のタメ"は感覚的なことなので文章で説明するのが難しいのですが、膝のクッション性を保ちながら柔らかい走りをするということ。
 このことを意識することから始めることです。

■ジョッグは自分自身の体と相談

 水・土曜のポイント練習以外の日はというと、月曜は休養、火・木・金・日曜はジョッグです。
 ジョッグの距離はあえて指定しません。
 基本的に疲れを抜くことが目的ですから、ゆったりとしたペースで、30分でも60分でも構いません。
 そのあたりの加減は自分自身の体と相談しながら、自問自答を繰り返すことが大切ですし、そうやって自分で試行錯誤したほうがランナーとして伸びるというものです。
 ビジネスパーソンもマラソンランナーも「指示待ち族」では伸びません。
 こうした私の練習法は、川内が大学卒業後に"公務員ランナー"として大活躍して注目を集めたことから、市民ランナーの間では"川内メソッド"として話題になったようです。

 練習環境に恵まれた実業団選手ならば月間1000㎞以上走ることも珍しくありません。
 しかし、公務員としてフルタイムで働き、練習時間に制約のある川内の走行距離は月間600㎞程度。
 それでも実業団選手に勝つのですから、注目されたわけです。
 私の練習法は、
☆."頑張りすぎない"
☆.."走りを楽しむ"
がモットーです。
 川内にも、よく
 「頑張るな」「頑張るな」
と声をかけたものです。

 川内は大学卒業後も私の練習法をベースに実績を重ねてきたわけですが、学習院大の陸上競技部に入部したての頃、実は私の指導法にとても懐疑的でした。
 そんな川内が、いかにして私の練習法を実践し、強くなったのか。

■抑えた練習で、川内は開花した!

 私が監督を務めていた学習院大は、当時も今もとても箱根駅伝の本選出場を狙えるようなレベルにはありません。
 そんな学習院大にとって高校時代は故障続きで無名選手だったといっても、川内の実力はエース格でした。
 入部したての練習で川内のジョッグを見ると、なぜ高校時代に故障に悩まされていたのか不思議なほどフォームが安定しています。
 右足が着地した後、ちょっと外向きに跳ねるクセがあるものの、故障に悩まされるような乱れたフォームではありません。
 「スピードはないけれど、脚は頑丈そうだな」というのが私の第一印象でした。
 週2回のポイント(強化)練習は、水曜と土曜の夕方にやっていました。
 水曜は1000m×10本などの「インターバル走」や陸上トラックで16000m(40周)の「ペース走」といった「スピード練習」。
 土曜は20〜30㎞の「距離走」です。
 いずれのペース(スピード)も、他の強豪校とは比べものにならないほどゆったりしたもの。
 選手それぞれ走力に差はありますが、個々人のレベルにおいてかなり余裕を持った"ゆったりペース"で走るというイメージです。

 高校時代にキツい練習をこなしてきた川内は、「えっ、これで終わりですか?」という表情を浮かべ、私の練習法がもの足りないようでした。
 高校時代はもっともっと追い込んでポイント練習を繰り返していたのですから、拍子抜けしたのでしょう。
 「こんな練習で本当に大丈夫なんだろうか?」
と懐疑的になっていたに違いありません。
 でも、それでいいのです。
 一般常識的には、高校より大学のほうが厳しい練習をするのが当たり前かもしれませんが、私のやり方は違います。
 "頑張りすぎない""走りを楽しむ"
が、私のモットーなのです。

 そもそも、高校時代に走り込んでおらず、脚ができていない学習院大の選手を練習で追い込めば、必ずや故障します。
 箱根駅伝を戦うには1区から10区まで10人の選手がいればいいわけで、補欠の選手を含めてもエントリーできるのは16人です。
 部員の多い大学の陸上競技部は、長距離だけでも100人近くの選手を抱えています。
 しかし、学習院ではチームに長距離選手が12、13人しかいないので、
 故障者が出ると10月の箱根駅伝の予選会にも出場できなくなってしまいます。
 この少人数でまわさないといけないチーム状況があるわけで、監督として選手たちを故障させるわけにはいかないのです。
 選手がたくさんいる強豪校であれば、厳しい練習を課して故障者が出ても、故障せずに"生き残った選手"だけでチームを編成できます。
 そういう強豪校と学習院大は、練習の前提条件がまったく違うのです。

 箱根駅伝の強豪校は通常、朝食前の朝練習で10〜15㎞ほど走りますが、学習院大では朝練習をしません。
 他の強豪校のように寮生活ではないので、毎朝集合するのが難しいという事情もありますが、それよりも本練習以外に毎朝そんなに走ると故障を招くから実施していないのです。
 厳しい練習を課しても故障せず"生き残った選手"だけを本番で起用するのは、私にいわせれば誰にでもできるコーチングです。
 故障させることなく選手たちの潜在能力を高めることこそ、本当の指導者の役割だと思うのです。
 「水・土曜のポイント練習だけは集中しよう」
 「その他の日はジョッグで疲れを抜こう」
――このシンプルな二本立てで練習にメリハリをつけることが、故障せずに強くなるためのポイントなのです。

■市民ランナーも故障に苦しんでいる

 これは一般の市民ランナーにも同様のことがいえます。
 30代から50代にかけて、多くのビジネスパーソンが日々仕事とともにランニングに勤しみ、マラソンに挑戦しています。
 冬のマラソンシーズンになると、毎週のように全国各地のレースにチャレンジする市民ランナーもいます。
 マラソンで速くなるには、練習内容も大切ですが、もっと大切なのは故障しないようにすること。
 故障してしまえば練習もできず、レースにも出場できなくなり、それまで培ってきた努力がご破算になりかねません。
 「腹八分目に医者いらず」のことわざの通り、暴飲暴食をしないで腹八分目にしておけば病気にならないといわれています。
 私はこの八分目の精神は、マラソンの練習にも当てはまると思っています。
 そのため、選手たちには"腹八分目の練習"しかやらせません。
 もともとポイント(強化)練習は週2回と少なめですが、それも腹八分目の強度(ペース)です。
 その他の日はジョッグでつなぎ、体調と相談しながら自分の頭で考えて走ることを是とします。

 多くの市民ランナーが参加するランニングクラブの練習会などでスピード練習を実施すると、仲間との競争のようになってしまうことが多いです。
 フォームが崩れても仲間に負けたくないから「ゼイゼイ」「ハアハア」と息を切らして必死に走る……。
 根性はつくかもしれませんが、長い目で見れば"マイナスの練習"です。
 故障を招くこともあるでしょう。
 実際、市民ランナーの2人に1人はなんらかの故障を抱えているそうです。
 ポイント(強化)練習では、スピード練習でも距離走でもフォームが崩れない程度のペースで、"膝のタメ"を意識しながら走り、最初から最後まで一定ペースをキープする。
 そして余裕を持って終えます。

 それが腹七分目くらいでもの足りないのであれば、追加で1本。
 スピード練習(インターバル走)であれば300m×1本、距離走であれば1000m×1本などをフリーペースで走ってストレス発散して、腹八分目にして終えましょう。
 箱根駅伝の強豪校に入学してしのぎを削るのは、素質に恵まれた選手ばかりですが、大学で伸び悩むケースが少なくありません。
 箱根駅伝で脚光を浴びる選手たちの裏には、故障を抱えて悶々としている選手たちがたくさんいるのです。

 近年は高校でも随分と距離を踏んでいるので、故障に苦しむ選手は増加している印象です。
 これは指導者の走らせすぎもありますが、レギュラー争いが過熱するなかで、自分の体調が悪くてもそれを指導者に報告できずに練習するという雰囲気もあると聞きます。
 市民ランナーも同じで、調子が悪いときでも走ろうというのは逆効果でしかありません。
 ポイント練習でも追い込んで走り切ると終了後に達成感がわいてきますが、これが結構なくせ者でオーバーワークと故障の呼び水となるのです。

 練習では達成感のレベルを下げる意識が大切です。

 オーバーワークを防げますし、膝のタメを使った走りもしやすくなります。
 無理をしてもいいことはありません。
 設定タイムに余裕をもたせて、「楽しく走る」ことを優先してください。
 それが目標タイム達成の近道になります。


』

 2013年優勝の表彰式:google動画より、
『

●2013年 ゴールドコーストマラソン 男子表彰式
』



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2015年12月24日木曜日

12月24日::にこたまジョギング 10.0km=1時間16分**秒 :13km走りに切り替えた

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● 北コースの折り返して点までの2kmは「Heritage Walk Labrador」という歴史散歩道になっている。


● 史跡①は「Deepwater Point:デイープウオーターポイント」にあたる場所で丁度スタート地点から1kmになり、ここでタイムをとりその日の調子を調べる。



● 史跡⑩にあたるのが「Lands End:ランドエンド」で、デイープウオーターから2kmになり、北の折り返しになる。
 今日は南の折り返しには行かずに、北側コースを2往復したことになる。
 ちなみに②と③の間の[i]とある場所が、ゴールドコーストで著名なペリカンの餌付け場所である。
 時間は1時半から約15分間、月曜日は休みになる。


  このところさらに調子が悪い。
 後頭部の下、首の付根あたり、つまり毛髪の生え際あたりが痛む。
 といっても動いているときは何ともないのだが、座ったりして首がすわるとわずかだが痛む
 少しボーとした感じになる。
 たいしたことのない夏風邪だと思うが、とても走る気になどならない。
 今朝はまあ痛みも和らいでいるのでならばと出かけていった。
 といっても走ってみてどうなるのかまるでわからない。
 もし悪いようならさっさとやめることにはしてある。
 でも、目標がないといけないので「10km完走」ということにした。

 雲はどんよりと空を覆い、陽射しはまるでない。
 さらには無風。
 真夏にしては絶好のランニング日和。
 こういうときに限って体調が悪いというのが、人生というものだ。
 入の1キロは「7:21」である。
 なかなかいい。
 このところ7分半は切れていないのだから。
 ならばとスピードを上げる。
 いつ何が起こるかわからないので、走れるときに距離を稼ごうと思っているのである。
 前はみない。
 ただ足元の舗装に目を落とし、足を出すだけ。
 潰れてもいい、潰れるところまで行って、そこからはゆっくり10キロまで行こうという計画なのである。
 15kmなら全体を考えないといけないが、10kmならそんなことは不要。
 いまできる最上のペースで行くとこまで行くだけだと割りきってしまっている。

 5kmは「31分13秒」。
 31分台なんていうのは久しぶりである。
 見境もなく突っ走っている結果だろう。
 2kmから5kmの4kmを計算するとキロ「5:58」で走ったことになる。
 6分を切っている。
 15kmを走るという目標なら、こんな無謀はしない。

 6kmをすぎるころから、今日は調子がいい、このままなら10kmではなく、もうすこし行かれるのではないと思うようになる。
 前回と同じ13kmに距離を変更する。
 しかし、コースはガラリと入れ替える。
 いつもなら北に向かって走り、北の折り返しを回って南に走る。
 出発点を通り過ぎ、南の折り返しを戻って出発点がゴールになる。
 コース自体が6.5kmなので往復で13kmになる。
 今回は何時潰れて走れなくなっても、気分が楽に戻れるようにと、南へは行かずに、走りやすい北へもう一度いくことにする。
 つまり、北側のコースを2往復することになる。
 北の折り返し点が10kmになるように距離を選ぶ。
 スピードは落ちてきているが、実によく足が前に出る。
 こんなの久しぶりである。
 やはり夏の陽射しにいたぶられないというのが効いているのだろう。

 10kmを「1時間03分44秒」、この5kmは「32:31」。
 これはちょうどキロ6分半になる。
 10kmだとキロ「6分23秒」くらいになる。
 実にすごいものだ。

 ラストは3キロ。
 少々きつくなっている。
 でも「6:35」ほどで走ることができた。
 13kmで「1時間23分29秒」である。
 トータルでキロ「6分28秒」と6分半を切ったことになる。
 体調も崩れなかったので、あと2キロを頑張って走れば、15km100分を楽にクリアできたと思えるのだが、残念なことをした。
 タイムについて能書きを言っているのは走ったあとのことだからで、走っているときは何時体調不良で潰れるかそれだけが心配だった。
 
【13km 1時間23分29秒 6:28/km】
 5km   31:13     31:13
10km   32:31   1:03:44
13km   19:45   1:23:29

【前回 13km 1時間28分50秒 6:50/km】
 5km   32:57     32:57
10km   33:16   1:06:41
13km   22:09    1:28:50

 前回の13kmより5分半もいい。
 

 カミサンは「1時間16分台」とのこと。
 タイムをみて「あんまり遅いんで、自分でもびっくりした」と言っている。

 残すところ来週の1回のみ。
 これで今年、というか今季のランニングは終了になる。
 最後なので無理しても15kmは走りたいと思っている。


【 ニラの話 】

● 庭にニラを植えていた。 
 餃子などに使って重宝していたのだが、枯れてしまった。というより芝刈り屋が除草剤を撒いて殺してしまったのだ。枯れが激しくなってきたので、急遽、掘り起こしてポットに植え替えた。そのころはまだまだフサフサしていたのだが。今は見る影もない。


● 大きな株は完全にやられてしまった。根を掘り返してみた。何か芽でも残っているかと期待したのだが、すべて死んでいる。


● 少し離れたところにあった小さな株はこちらのポットに植えかえたが、これもほぼ全滅である。た。


● 今わずかに残っているのが上の一芽。
 このまま枯れてしまうか、息を吹き返すか、半月もすれば分かる。

【 ニラのその後 】

● 2016年1月10日:芽を吹いているので、このひと株だけは生きていた。


● 2016年2月270日:徐々に成長している。あのモシャモシャのニラになるにはどのくらいかかるのだろうか。



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2015年12月23日水曜日

2015全国高校駅伝女子:GCマラソン4kmダッシュ2連覇の田中のぞみが一区で2位、吉田香織は

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● 2011年の4kmジュニヤダッシュの男女優勝者:小学生だった田中のぞみ




 この日曜日に行われた高校生駅伝のタイジェスト版を伝えるユーチューブを見ていたら、一区に「田中のぞみ」が出ていた。
 ゴール手前で世羅高校と熾烈なトップ争いを演じた西脇工業のランナーであった。
 そういえば彼女の出身は兵庫であった。



● 2015年 高校駅伝女子一区



● 2015年 選手欄の一番下の補欠に「田中希実」とある。ちなみに選手のなかでは持ちタイムが一番いい。上の写真は田中希実です。

 「田中のぞみ」はゴールドコーストマラソン4kmダッシュの華であった。
 2011年、2012年と連覇した。
 はじめて優勝した2011年の時は小学生であった。
 4kmダッシュは中学生までがカテゴリーになるのだが、小学生にして中学生を制して表彰台に登った。
 その彼女も、いまは高校生である。
 お母さんはマラソンランナーの田中千洋(旧姓小倉千洋)である。
 田中千洋が泉州マラソンで優勝すると、姉妹マラソンの契約を結んでいるゴールドコーストマラソンが彼女を招待するのであるが、そのときに一緒にきて4kmダッシュを走って優勝するということになったわけである。
 
 googleからこのときの田中のぞみを検索してみる。

『

2011/07/01 にアップロード
ゴールドコーストマラソン 2011:: 4km ジュニヤダッシュ スタート:
最前列右から2人目の赤いユニホームの小柄な女子選手が田中のぞみ


2011/07/01 にアップロード
ゴールドコーストマラソン2011 4kmジュニヤダッシュ表彰式:田中のぞみ優勝
』

 なを、母親の田中千洋は女子マラソンの部で3位になり、表彰台に立っている。
 親子揃っての入賞になった。

『

2011/07/03 にアップロード
ゴールドコーストマラソン2011(女子):田中千洋3位


● 親子ショット
』


田中のぞみは翌年の2012年にも優勝しているが、このときの女子マラソンの優勝者は先日の「さいたま国際マラソン」で日本人一位(全体2位)になった吉田香織である。
 このレースはオリンピック選考レースに指定されているので、オリンピック出場候補に残っているということになる。

『

●2015/11/19 に公開
さいたま国際マラソン 吉田香織選手 ダイジェスト版
』




● 2012年優勝の吉田香織

  ちなみに吉田は2010年にも優勝している。



● 2010年優勝の吉田香織




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2015年12月18日金曜日

12月18日::にこたまジョギング 10.0km=1時間14分**秒 :13キロでリタイヤとなる

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● 13kmでリタイヤ

 このところ体調が悪い。
 水曜日を木曜日に、そして今日金曜日にと一日一日と延ばしてきた。
 明日は週末なので今日は走ることにした。
 よって目標は「15km完走」である。
 タイムは「キロ7分、1時間45分」で行かれればいいなと思っている。

 走り始めたら早々に右フクラハギが突っ張り始めてきた。
 すぐにやめるのもみっともないし、走っているうちに直るかもしれないし、ダメだったらやめてもいいな、と思いながら引きずるような感じで歩かない程度で走ってみる。
 体調は悪いが、足の調子が悪いというのも変なことだ。
 入の1kmは「7:36」である。
 このころには有り難いことにフクラハギの支障は消えていた。
 
 5kmは「32分57秒」、悪くはない。
 1キロ平均6分36秒弱である。
 なかなかいいほうだ。
 これならいけるかも。
 中間点を「49分10秒」で、単純倍計算なら15kmを「1時間38分20秒」になる。
 100分を十分切れる。
 だが、中間点を前にして、それまで雲におおわれていた朝陽が顔を出し始めた。
 夏のきつい陽射しだ。
 後半は暑さとの戦いになるなと思うのだが。
 9km過ぎに、それはやってきた。
 急に胃から温かいモノが口に向かってせり上がってきた。
 「吐くか!」と思った。
 何とか止まった。
 もともと体調は悪いし、そしてこの暑さである。
 急にスピードが落ち、身体が動かなくなる。
 10km手前でもう一度軽い吐き気がきた。
 吐くことはなかったが、もうダメだと思った。
 「15km完走」は放棄することにした。

 10kmは「1時間06分41秒」である。
 この10kmまでキロ「6分40秒」ほどで走ってきたことになる。
 10km地点はまずいことにコースの南の折り返しになる。
 つまり最遠地点である。
 出発点まではここから3kmある。
 ここでやめたところで、その距離を戻らねばならぬ。
 よって否が応でも13kmは走らねばならないことになる。
 あと3kmをどう走るかになる。
 「どう走るか」といっても、選択肢は1つしかない。
 「歩くことなく走る」である。
 身体は気持ち悪いし、足は前に出ないし、朝陽は厳しく照らすし、いいとこなしである。
 11kmまでの1キロは「7:18」かかっている。
 ただうつむいて体を進めるだけである。
 歩くことのないように身体をゴールまで運ぶことである。

 13kmのゴールポイントは「1時間28分50秒」だった。
 10kmからの3kmはキロ「7:23」かかったことになる。
 トータルでは平均「6分50秒」であった。
 13km走ったのか、13kmでリタイヤしたのか、判断は微妙だが、15km完走が目標だったから、やはりリタイヤのほうが実情にあっていると思う。

【13km 1時間28分50秒 6:50/km】
 5km   32:57     32:57
10km   33:16   1:06:41
13km          1:28:50

【前回 15km 1時間41分18秒 6:45/km】
 5km   34:18     34:18
10km   33:16   1:07:34
15km   33:44   1:41:18

夏日はやはりきつい。
 あと2回である。
 それを走れば休みに入れる。

 カミさんは
 「前と同じ、1時間14分台」
とのことであった。
 


●この4週間のランニング約30分後の血圧



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2015年12月9日水曜日

12月09日::にこたまジョギング 10.0km=1時間14分**秒 :今日は気象条件に恵まれた

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●今日の走り、ゴール前100mほど

 4時半頃だと明るくなってきている。
 5時そこそこで走りだす。
 入りの1キロは「7:33」。
 走る度に遅くなっていくような気がするが。
 調べてみたら前回は「7:42」なので、10秒近く速いことになる。
 たった1キロなのに、うっすら額に汗が吹き出てくる。
 今日は前回と同様のタイム、つまりキロ7分=1時間45分以内で行けばいいと思っている。

 朝陽はほぼ雲に隠れている。
 風はない。
 この時期のこの暑さなら上々の天気模様である。
 雨の心配もない。
 夏場のこのコンデションは最高である。
 お日様が顔をだすことがない、ことを願うだけである。

 5kmは「34分18秒」。
 ほぼ前回と同じ。
 身体は調子いい。
 足は動きスピードも出る。
 5kmから6kmは「6:29」である。
 なかなかのものである。
 中間点は「50分55秒」、ということはイーブンで行けば「1時間42分」以内で走れることになる。
 
 10kmは「1時間07分34秒」
 ということは、この中盤の5kmは「キロ6分40秒」を切っていることになる。
 これはいいタイムである。
 終盤の5kmをキロ7分で走っても1時間42分半で行かれることになる。
 前回を大きく上回りそうである。
 だが10kmから11kmは「6:52」かかっている。
 やはり甘くはない。
 11kmから500mほどは2人組の中年ランナーに引っ張ってもらう。
 後ろからきて追い抜いていったので、その後ろにくらいついた。
 離れてしまったが、ペースを保ったままラスト3キロへ。
 ゴールは「1時間41分18秒」で、目標を大きく上回った。
 キロ平均「6分45秒」である。

【15km 1時間41分18秒 6:45/km】
 5km   34:18     34:18
10km   33:16   1:07:34
15km   33:44   1:41:18


【前回 15km 1時間44分25秒 6:58/km】
 5km   34:22     34:22
10km   34:54   1:09:16
15km   35:09   1:44:25


 カミさんは「1時間14分台」とのことである。


 今日は気象条件に恵まれた。
 残すはあと3回である。
 その後は夏休みで長期的に走らない。




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2015年12月8日火曜日

『ランニング思考―本州縦断マラソン1648kmを走って学んだこと』:

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 「42km」をマラソンといい、それ以上をウルトラマラソンという。
 気の遠くなるような長い距離を走るのを「スーパーウルトラマラソン」と呼んでいる。
 オーストラリア一周に挑む人も多い。
 少しずつタイムは短くなっているようだ。
 スーパーウルトラマラソンの英雄は間寛平であろう。
 『アースマラソン』と呼ばれ、検索すれが多大な映像が出てくる。



 何しろ世界一周なのだから。
 このときは、インターネットのおかげで翌日に彼の走りを見ることができた。
 なんと途中でガン治療すらもした。
  2年間の苦行だ。







● 大阪ゴール:767日目:40,940km

間寛平みたいのは特別である。
 一週間の休みが連続でとれる人はなかなかいない。
 普通は2,3日の休みをとって、コツコツ分けて走るというのが普通になる。
 例えば東海道を、あるいは中山道を3回くらいで走るということになる。


『ランニング思考
―本州縦断マラソン1648kmを走って学んだこと』
 慎泰俊著
1620円/晶文社


『
 過酷なウルトラマラソンから得た仕事と人生の教訓。
 いかなるマインドセットでレースに臨み、ふりかかるアクシデントをどう乗り越えるか?
 民間版の世界銀行を目指す起業家による、あなたの「働く」「生きる」を変えるかもしれないエクストリームなマラソン体験記。

慎 泰俊(しん・てじゅん)
1981年日本生まれ。朝鮮大学校法律学科卒業後、早稲田大学大学院ファイナンス研究科に入学、修了。
 大学院在学中からモルガン・スタンレー・キャピタルで働き始め、同社のグローバル不動産投資ファンドの運用における財務モデルの作成や負債管理システムの構築などに従事。
 2010年からはユニゾン・キャピタルに投資プロフェッショナルとして入社し、投資の実行、売却、負債リストラクチャリング他、数多くの投資プロジェクトに従事。
 金融プロフェッショナルとしてのキャリアの傍ら、2007年に認定NPO法人Living in Peaceを設立し、機会の平等を通じた貧困削減のために活動。
 2009年には日本初となるマイクロファイナンス投資ファンドを企画。国内では、親と暮らせない子どもの支援に従事し、これまで二つの児童福祉施設の新設に関わる資金調達支援、退所後の子どもの就学資金支援、政策提言活動などを行ってきた。
  2014年7月に五常・アンド・カンパニー株式会社を創業し、2015年10月時点で、カンボジア、スリランカ、ミャンマーにある子会社を通じて現地の貧困層にマイクロファイナンスを提供している。
』


『
現代ビジネス 2015年12月08日(火) 慎 泰俊
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/46751

本州縦断1648キロを完走!
ウルトラマラソンが教えてくれた「心と仕事の整え方」

 マラソンやトライアスロン、更にはウルトラマラソン(マラソンよりも距離の長いレース)などのレースにはまっている経営者やビジネスプロフェッショナルが増えています。
 もちろん私の周りにそういった知り合いが多いということもあるのかもしれませんが、周囲にはここ4、5年の間に長い距離を走るようになった人が増えました。

 それはなぜなのか。もちろん楽しいということもあるのでしょうけれども、もうすこしプラグマティックな理由もあるのかもしれません。

 私が長い距離を走るのは、もちろん走るのが好きというのもあるのですが、一番の目的は、自分の自意識を抑えること、物事を毎日きちんと続けることの二つにありました。
 つい最近『ランニング思考』という本を書いたことで、ある程度考えがまとまってきたので、そのことについて書いてみたいと思います。

■自意識やコンプレックスを退治するために走る

 私自身、10代後半、20代前半に色々なわだかまりをもって生きていたこともあり、ずっと世間や周りを見返してやろうとばかり思っていました。
 自意識がとても強く、自分の「世間ランキング」がどこまで上がるのかが気になっていたのです。

 自分がどうあるか、ではなくて、自分が周りからどう受け入れられているのかが気になり、自分が責められたりしたらそれに反論せずにはいられませんでした。
 ソーシャルメディアのフォロアー数の増減が気になったり、メディアに出たらそれがどう受け止められるのかが気になったり、しゃかりきになって周りから評価されやすい事をしようとしていました。

 自己弁護をする訳ではないのですが、逆境から這い上がってきた人間は、こんな風にコンプレックスと自意識の塊になりやすいと思います。
 もちろん、特に若い時期にはコンプレックスや自意識が人間の原動力となることはありますし、さらに誤解を恐れずにいえば、世の中で目立っている人の多くがコンプレックスと自意識の塊となっているように思います。

 ですが、自分がどうあるかでなく、自分がどう思われるかを気にする人は、自己の精神が何かに隷属しているわけで、実はとても惨めだと思います。
 そして、多くの人がその精神的奴隷状態から抜け出せないまま人生を過ごします。
 もっとお金が欲しい、もっといい人と恋愛をしたい、もっと世間から注目されたい、という様にです。
 本当はとても憐れなのですが、当の本人たちが自分を成功者と思っていることが多いのは、とても悲しいことです。

 更にいえば、自意識やコンプレックスに囚われている人は、決して自分の力を最大限に引き出すことができないと思います。
 なぜなら、
 「自分はどうあるべきか・どう行動すべきか」でなく、
 「自分がどう思われるのか」ばかり考えていたら、心の赴くところと行為を一致させられないからです。

 この自意識やコンプレックスと決別するにはどうしたら良いのでしょうか。
 色々な答えがあると思いますが、一つの方法は、自分にコントロール出来ない事象に徹底的に打ちのめされつつ、目的達成のために頑張り抜くことにあるのではないかと思います。

 私にとっては、それがウルトラマラソンでした。

■重たい自意識が落ちていった瞬間

 私のウルトラマラソンデビューは、佐渡ヶ島一周を208km走るレースでした。
 フルマラソンしか走ったことのなかった状態でこれに出走した私は、佐渡の大雨と延々とアップダウンが続く道に文字通り打ちのめされました。

 初日目の中継地点である旅館にたどり着いた頃には、歩くだけで足に激痛が走り、筋肉痛由来の熱がひどく、足の裏には100円玉サイズの見たことのないような水ぶくれがいくつもできていました。

 ここから110kmを走るのかと思うと気が遠くなります。
 でも、様々な幸運と人の優しさに支えられ、私は何とかこのレースを完走することが出来ました。
 46.5時間かけて、208kmを完走。
 
 20代最高の笑顔だった

 このレース完走後、私の精神状態には明らかな変化が生まれました。
 まず、他人からバカにされたり、けなされたりしても、気になる度合いが一気に落ちたのです。
 肩に乗っかっていた重たい自意識が、相当部分(全部とは言いません)落ちていって、ものすごく気が楽になりました。

 その少し前まで、私は、自分の人生は「なんで自分だけ」と思うことの連続だったと考えていました。
 でも、このウルトラマラソンを走り切った後には、
 「ああ、別にそんなことどうでもいい。持っているカードで勝負しよう」
と気楽に考えられるようになったのです。

 このウルトラマラソン経験がどういう理屈でもたらされたのかというと、こういうことなのではないかと思います。

 徹底的に打ちのめされる経験をして、心の底から自分のちっぽけさを思い知りながら、それでも目指すゴールに向かって行動を続けるとき、私たちは自分一人で出来ることは何もないことを思い知る。
 そのときに、人の優しさや運命のめぐり合わせに感謝することを知り、心は素直になっていく。

 これが、私が長い距離を走る理由です。
 逃れようのない長い苦しみを意図的に作りだし、苦しみの中で自分を静かに見つめながら、心を整え、仕事や人間関係、生き方について大切なことを学び取ること。

 今も、精神的に疲れた時には、丸一日を開けて何も考えずにずっと走り続けています。
 足が痛くなり、身体がフラフラになるくらい走りこむと、心は軽くなっていることに気が付きます。

 このことは、いくら私が言葉を尽くしても伝わらないのかもしれません。
 経験してこそ理解できないものというのは世の中には存在するのです。私の言っていることを理解して頂くためには、丸一日ひたすら走り続けるということをやってみて頂く必要があるのかもしれません。

■走り続けることで、継続の力が身につく

 佐渡208kmのウルトラマラソンを走ったあと、いくつかのレースを走りながら、
 次に私が挑戦した大きなレースは、
 荒川と信濃川沿いに東京から新潟まで走る「川の道フットレース」
でした。

 全距離520kmのこのレース、私は240km地点で人生初のリタイアをすることになります。

 当時は悔しくて仕方がなく、リタイア後の1週間は走っても走ってもゴールに辿りつけない夢を毎日見ました。
 のみならず、失敗した時に当たり散らしてしまう自分の未熟さを思い知ったりもしたのですが、このレースで私はとても大切なことを学びました。
 そして、その学びがあったからこそ、本州縦断1,648kmを完走できたのだと思います。

 その学びは何か。
 可能な限り無駄な時間をそぎ落として、やるべきことを地道に続けることです。
 走ることであれば、走るという行為に割ける時間を最大化することですし、事業であれば、そのために割ける時間を最大化することです。

 とっても長い距離を走りぬくには、まず目標を立てたあとにどうやってそこに行くのかを決めないといけません。
 その後、道程を細かくブレークダウンして、どの道をどう走るのか、どこで泊まるのか、補給をどうするのか、荷物をどうするかなど細かいことを決めないといけません。
 前者は戦略で、後者は戦術という表現をすることもできます。

 しかし戦略と戦術が完璧なら、長い距離を走り抜けるのかというと、そうではありません。
 むしろ、戦略や戦術をきちんと作るのは、大して難しくない。

 では、完走するためには何が必要なのでしょう。
 それは、やるべきことを、コツコツと、休みなく行うこと。
 才能のないランナーである私にとっては、これが答えでした。

 ウサギとカメの競争の昔話は、ほぼ全ての人が知っているはずです。
 しかし、これが意味することを身に沁みて感じている人はどれほどいるのでしょうか。
 世の中には、地道に続けるカメが自堕落なウサギよりも成果をあげる話で満ち溢れています。
 もちろん、
 世界を変える人々は、地道に続ける「ウサギ」
なわけですが。

 2日で終わる佐渡のウルトラマラソンでは、とにかく走り続ければ良かったのですが、
 5日をかけて走る「川の道フットレース」では、休みを取りつつ走り続けなければいけません。
 川の道フットレースを走りきれなかった一番の理由は、とにかく休みを必要以上に取りすぎ、走るための時間を十分に設けることができなかったことに尽きます。

■やるべきことを、倦まず弛まずやり続ける

 本州縦断1,648kmは、27日間で走りました。
 途中仕事の用事が入ったりしたので、
 1.5ヶ月の間に27日を走る
ことに充てたわけですが、終日走ることができたのは21日でした。
 しかも、下の図で分かるように、身体が疲れている後半により多くの距離を走ることになってしまっています。


 こういう長丁場のレースを、大きく体調を崩さずに走りきるためには、とにかく物事をテキパキと進める必要がありました。

 具体的にはこういうことです。
 朝起きたらダラダラせず、痛めている部分のテーピングをしながらニュースをTVで流して天候をチェックし、移動距離を10mも無駄にせず、ホテルを出る。

 道中でストレッチなどを都度行うのは重要ですが、ダラダラと休んだりはせず、時間を区切って休んだあとは前に進む。
 (行儀が悪いですが)ご飯も可能な限り歩きながら食べる。
 宿に着いてからも服の洗濯、濡れたレインウェアやバックパックの乾燥など、やるべきことをサッとやって眠る時間を確保する。

 本州縦断ウルトラマラソンは、アキレス腱が切れる手前になるほどに足を痛めながら走ったため(そのため、完走翌年も冬になるとアキレス腱がビキビキ鳴りました)、どんなに一生懸命に走っても時速6.0kmも出ません。
 そんな状態で休む時間を長くしてしまうと、その日のうちに目的地点にたどり着かず、その疲労が翌日に続く、という最悪の悪循環となってしまうわけです。
 だからこそ、テキパキと物事をこなして、走るための時間を最大化することが非常に重要になります。


●本州縦断マラソン12日目、アキレス腱を痛め、大雨の中、自動車道路を進んだ


●本州縦断マラソン21日目、鳥取砂丘は砂漠というより大きな砂場だった

 起業前にこのウルトラマラソンをして本当に良かったと思います。
 というのも、このレースを通して、私は「やるべきことを、倦まず弛まずやり続ける」ことがだいぶ身についたからです。
 毎日毎日、筋肉の炎症で熱が38度近くあり、身体の色んな箇所が痛む状態でもやるべきことを続けられたのであれば、仕事でどんな苦境に追い込まれてもやるべきことを続けられます。

 また、こういう継続作業は、どんな状況においても心乱されない訓練にもなります。
 天気とか体調といった、自分でコントロール出来ないものには心乱されず(残念ながらその状態には完全に至っていないのですが)、目の前にあることに専心できる。
 こういった継続力は、全ての事業において成果をあげるために最も重要なことなのではないかと思います。

 これが、私が長い距離を走る理由です。
 走ることから得た学びを思い出すためにも、私はこれからも長い距離を走り続けるのだろうと思います。

 4000字で伝えるには限界がありますので、関心のある方は『ランニング思考』をご一読ください。
 校正者から「読んでてアキレス腱が痛くなった」と言われた一冊です。
 お時間があればご一読ください。
』



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