2016年2月28日日曜日

TAO:「クールジャパン」の要素がたっぷり詰まったブロードウエイ進出を果たして

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●外国人のツボにはまる CBSの夜の看板番組「ザ・レイトショー」で喝采を浴び、オフ・ブロードウェイの公演でも目の肥えたニューヨーカーたちを魅了していた © DRUM TAO


●まるで「太鼓を叩くEXILE」のような勇ましさ © DRUM TAO

オーストラリアに住む日本人にとって最高のエンターテイナーとは『TAO』だろう。
TAOは3回オーストラリアツアーを実行している。
多くの人が4回目はいつだろうと心待ちにしている。
私は3回の公演すべてを見た。
最初のときはジーンズのごく普通の青年の登場であった。
だがバチをもった手が下がった瞬間にとんでもない興奮に突き落とされた。
見終わった夜は寝ていてもガンガンと太鼓の音が脳内に響いていた。
2回目は公演情報が入ったその日に前売り券を買いにかけつけた。
いわく「絶対に最前列でみるのだ!」。
ゲットしたのは最前列でそれも中央から2席ほどずれただけの場所。
なにしろ汗が飛んでくるほどの近くであった。
この2回の公演は主に日本人客相手の宣伝であった。
もちろん満席。
ブリスベンでの切符が手に入らなかった友人はゴールドコーストの公演にかけつけてきた。
3回目はオーストラリアンをターゲットにしたもので、日本語新聞にはまったくその宣伝は載らなかった。
たまたま出かけた地元の図書館で公演パンフを目にしたのである。
すぐに予約をする。
前回は最前列で全体が見えにくかったので、この時は中央席で、前から5列目あたりを手にした。
この公演はそれまでとくらべてはるかにパフォーマンス化されて、叩き以上に見せる形に進化していた。
日本人客は少なく圧倒的にオージーであった。
2回目と3回目でそれぞれDVDとCDを買った。
さて、ブロードウエイデビューを果たしたとのことで、オーストラリアの4回目の公演はあるのだろうか。


『

●2月10日放送の「ザ・レイトショー」
A Performance From DRUM TAO
2016/02/11 に公開
Drum Tao gives a performance from their newest percussion and dance show, Seventeen Samurai.
』

『
ニューズウイーク 2016年2月23日(火)11時09分 小暮聡子(ニューヨーク支局)
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2016/02/tao.php

外国人を(嵐よりも)魅了するサムライ集団「TAO」って何者?
華々しい「ブロードウェイ」デビューを飾った大分発の和太鼓集団『DRUM TAO』は、日本を国外に売り込む「顔」になれるかもしれない

覚えている人もいるかもしれないが、5年前、日本の観光庁が国外向けに日本のPR映像を作って、外国人から失笑を買った「事件」があった。
映像では、人気グループ「嵐」のメンバーがそれぞれ日本の観光地を訪れ、招き猫の真似をして「ニャー」と鳴く。

当時、仏フィガロ紙の東京特派員で辛口親日家であるレジス・アルノー氏は、本誌に
「嵐がニャーと鳴く国に外国人は来たがらない」
と題するコラムを寄せ、観光庁の勘違いぶりをこう嘆いた。
「日本はなぜ『最高の顔』で自分を売り込もうとしないのか。
 洗練された職人や建築家、知識人、画家、料理人ではなく、国内限定のスターを宣伝に使うなんて」

観光庁は、その映像をニューヨーク・タイムズスクエアの大型ビジョンを皮切りに全世界133カ国・地域以上で流していくと豪語していた。
その後ニューヨークに赴任した私は、あの映像が世界最高のエンターテインメントが集結するこの街のど真ん中で流れていたのかと赤面したものだが、同時に
 外国人を虜にする日本の「最高の顔」とは何か
と考えを巡らせてきた。

4年後の東京オリンピックに向けて、今後は開閉会式のパフォーマー選びが加速するだろう。
確かに嵐は観光庁が訪日客のターゲットにしている東アジアでは人気だが、残念ながら「世界に通じる」とは言いがたい。
もっと幅広い層の外国人を取り込める「顔」はないものか――そう思っていたところ、先日ついに目撃してしまった。
嵐とは別の"サムライ集団"が、目の肥えたニューヨーカーたちを熱狂させている姿を!

その精鋭たちとは、日本人の和太鼓集団『DRUM TAO』。
男性26人、女性8人から成るTAOは、
一般的な知名度こそまだまだかもしれないが、実は日本だけですでに
 11万人ものファンクラブ会員を抱える人気グループだ。
その彼らが今月10日、満を持して「ブロードウェイ」デビューを果たしたのだが、それが単なるブロードウェイではなかった。
アメリカの巨大ネットワーク局「CBSテレビ」の視聴者を前に、ブロードウェイのエド・サリバン劇場でパフォーマンスを披露したのだ。

TAOが出演したのは、CBSの夜の看板番組「ザ・レイトショー」。
昨年デービッド・レターマンからスティーブン・コルベアが司会役を引き継いた長寿番組で、毎晩「旬な」ゲストを迎えてトークを繰り広げる。
TAOと同じ日に出演したのは、映画『ズーランダー2』のプロモーションに訪れた人気俳優ベン・スティラーと、米大統領選で民主党の候補者指名争いに出馬しているバーニー・サンダース上院議員だ。
そんな大物たちと同じ枠内でコルベアから紹介され、和太鼓の演奏をメインにしたド迫力のステージを展開して観客から喝采を浴びた。

私自身も
 2月11~14日にニューヨークのオフ・ブロードウェイで行われたTAOの公演『DRUM HEART』の最終日に足を運んだが、その圧巻のパフォーマンスに観客が度胆を抜かれ、スタンディングオベーションを繰り返すのを目の当たりにした。

約2時間の公演中、舞台の上で奏でられるのは数種類の和太鼓に三味線、琴や篠笛といった伝統楽器。
しかも、単なる演奏に留まらず、アクロバティックなパフォーマンスあり、ファッションショーさながらの華やかな衣装ありと「魅せる」ポイントが満載で、そのどれもが外国人のツボにはまる。
TAOが彼らを総立ちにさせるのは、そこに
「クールジャパン」の要素がたっぷり詰まっている
からだ。

例えば、黒髪を振り乱しながら長刀を操ったり、ミュージシャンというよりアスリートのように鍛え上げられた肉体で和太鼓を叩きまくる日本男児たちは、外国人から見ればまさに「サムライ」そのもの。
公演の前半が終わった休憩中、客席の若い白人女性が
「Oh my gooood! I am obsessed!!(ヤバイ!ハマっちゃったー!!)」
と叫んで目をハートにさせているのを見て、私は思わずニンマリした。
「太鼓を叩くEXILE」のような勇ましいサムライたちが、男女を問わず観客をウットリさせているのである。

さらに、男性ばかりの舞台をキリリと締めるのはクールなアジアンビューティーを身にまとう4人の女性たちだ。
座長でもある西亜里沙が叩く太鼓にはその日で一番しびれたし、彼女たちが奏でる琴や篠笛は男性的な舞台に女性的な柔らかさを加えていた。
次々と変わる「斬新な和装」を思わせるステージ衣装も格別で、「ファッション大国」としての日本の顔を惜しみなく披露する。

外国人も声を挙げて笑う絶妙なユーモアさえ登場するTAOの舞台は、まさに世界に通じるエンターテインメント。
それもそのはず、『DRUM HEART』(日本では昨年『百花繚乱 日本ドラム絵巻』として上演)を演出したのは宮本亜門であり、衣装を手掛けたのは国際的ファッションデザイナ―のコシノジュンコだった(宮本による演出は今作が初めてで、コシノとは2012年からタッグを組んでいる)。

■結成は95年、
 当初から海外を見据え、22カ国で650万人を動員

さてこのTAO、一体何者なのか。

大分県を本拠地とするTAOのプロダクション事務所によれば、男女34人のパフォーマーは18~45歳の平均25歳。
入団希望者は年間100人に上るが、狭き門をくぐって入団できるのはそのうち10人程度だ。
ほとんどが和太鼓経験者だが、前職はロックバンド、美容師、バーテンダー、自衛隊員などさまざま。
彼ら全員が大分県竹田市久住町の山奥に建設された複合施設「TAOの里」で共同生活を送りながら、毎年新作のオリジナル舞台を作っているという。

ちなみにTAOの里は稽古場やステージ、トレーニングジム、スパ、ゲストハウスなどを備えているが、住居空間は研修生だと集団でログハウス、新人はプレハブ、中堅はホテルの客室のような部屋に1人ずつ、ベテランは高級マンションと、出世するごとにランクアップしていくというから面白い。

TAOは結成時から海外を見据えていた。
もともとはラスベガスにチャレンジしたいという和太鼓グループがその夢を実現できず、路頭に迷っていたところに、外資系商社や大手流通企業で勤務経験のある藤高郁夫氏が手を貸す形で95年に活動を開始。
太鼓とは無縁だった藤高氏が社長となり、舞台演出や音楽制作など総指揮を執って現在のTAOを作り上げたという。

日本でも全国ツアーをするなど多くの公演をこなしているが、2004年には初の海外公演を果たし、スコットランドで毎年開かれる世界的な芸術祭「エジンバラ・フェスティバル・フリンジ」に参加。
1800団体が集う同フェスティバルでその年と翌年のチケットセールスNo.1を樹立するほど人気を博してワールドツアーを開始し、現在までにアジアを含む世界22カ国で650万人以上を動員してきた。
21年目での「ブロードウェイ」デビューは、むしろ遅すぎたと言えるほどかもしれない。

当然のことながら、当初は伝統芸能を現代的なエンターテインメントに昇華させるTAOのやり方には各地の和太鼓保存会などから賛否両論あったという。
とはいえ、TAOの舞台が日本の和太鼓ファンにとどまらず、世界で受け入れられているのは事実だ。
TAOが今後向かうのは、アイリッシュダンスとアイルランド音楽の世界的ショー『リバーダンス』のような道かもしれない。
アイルランドの「顔」にまで成長したリバーダンスは、TAOと同じ95年の初演以来、全世界で2500万人以上を魅了してきた。

 TAOは「日本の顔」になれるのだろうか。
14年には観光庁から「観光庁長官表彰」を送られたというが、政府はどうか、全世界に放映されるオリンピックで「嵐のニャー」と同じ轍は踏まないでほしい。
TAOにはCBSとニューヨーカー、国外のファンたちが太鼓判を押している。
少なくとも、外国人から失笑されることはないはずだ。
』

『


● オーストラリアツアーのCDカバー

●Japanese drum group "Tao"
2013/10/22 に公開
』

『
●和太鼓 TAO タオ 2011.9.18 世界が絶賛 TAO(タオ)の魅力
』






2016年2月27日土曜日

2月14日::にこたまジョギング 10.0km=1時間17分59秒 :【インターネット回復始末】、16日間の盲目状態はよかったのか悪かったのか

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● 送られてきたスピードアップしたモデムなのだが

『
【注】
  このブログは2月27日にアップロードしたものである。
 内容は2月14日のジョギングのことであり、その日に日記に書き留めて置いたものをコピーしたものである。

 というのはインターネットがしばらくつながらない状態になってしまったからである。
 オーストラリアのインターネットは実に遅い。
 若いプログラマーが大阪に1年間のワーキングホリデイにいったこときのことである。
 彼は日本のインターネットの速度に驚愕して、様々なものを目一杯ダウンロードしてそのCDを運んできた。
 世界で一番速いのは韓国で、2番は日本というときもあったが、いまでは日本は4位だったか5位だったかに落ちている。
 でも日本のネット速度は十分に速い。
 テレストラもこのあたりのノロマさは認識しているようで、光ファイバーを巡らすプロジェクトを進めているという。
 先日のことスピードアップしたというモデムを数日前に送ってきた。
 付け替えて、なるほど速くなったなと思った。
 これまでは映像がstopして、デイスプレイに丸い輪が出てこれがグルグルと回っていたものである。
 しばらくするとつながり丸い輪が消える。
 このままいくのかな、と思うがそうはいかない。
 すぐに画面がフリーズして、また輪が回り始める。
 こんな繰り返しであった。
 これではとても先進国のネット状態とはいえない。

 新しいモデムは少しは速くなったようだが、つながったのはその日1日だけ。
 翌日から完全にストップ。
 そんなもんだよ、テレストラなんて。
 いわく『ケーブルをメンテ中』。
 いつまでメンテしているのだ、今日で4日目だぞ。
 今日(2月14日)でインターネットが使えなくなって4日目になるのだが、こちらも慌てない。
 テレストラの無能さは肌で感じており、怒るだけ無駄と心得ている。
 『サービスは悪い、技術力はない、その集大成がテレストラ』
と思っている。



 「まだ、テレストラなんて使っているの」
というのが周囲の声の昨今である。
 デルのデスクトップ、レノボのノートパソコン、そしてアイフォンの3ツに影響が出ている。
 といってもアイフォンは別の電波を選択するようにしているので動かせるのだが。

 昨年のことである。
 モデムが壊れた。
 新しいものを買ってつなげたが繋がらない。
 テクニシャンが来るという日待っていたがこない。
 更に1週間ほど待った。
 やっと来た。
 いわく「モデムは正常に動いている」とそれだけである。
 「1時間後につながる」と言いおいて帰っていった。
 だが、1時間待ってももまるでつながらない。
 テレストラいわく、
 「いま調べているが、原因がわからない」
 あんたの責任だろう!
 しびれを切らして抗議したら
 「機械を交換するか否かの許可を上司に求めている」
 「10日ぐらいかかるかもしれない」
 おいおい、どうなっているテレストラは。
 バカで無能なテレストラめ!!!!
 つながったのはテクニシャンが来てから1週間後であった。
 1時間後が1週間後になった。
 モデムが壊れてから新しいモデムで通じるようになるまで、トータル26日間インターネットはストップしたままだった。
 こうなるとインターネットの無い生活もオツなものだと諦められるほどに長かった、といえるほどになる。
 やることがないので、本を読んでいた。
 この間に読んだ本がなんと26冊。
 まるで数字合わせになってしまった。
 ちなみにいつもなら100ドルほどの電話料金がこの時は21ドルに値引きされた。
 
 この経験からテレストラはどうにも使えない、ことが重々わかっている。
 なにしろ、バカで、アホで、無能なテレストラ、というイメージが焼き付いてしまっている。
 今日で4日目だが、さていつ復旧するのだろう。
 気長に待つしか無い。
』

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 朝陽がきつい。
 雲がまったくない。
 いたぶられそうだ。
 今日は日射しとの戦いになると覚悟する。
 目標はいつものようにキロ7分で1時間45分である。
 入りの1キロは7分22秒、まあまあだ。
 北の折り返しは3.2kmになる。
 5kmは「34分48秒」、何とかキロ7分をクリヤした。

 中間点は「52分30秒」、見事に真ん中、このままなら1時間45分である。
 しかし、後半の方が1分から2分ほど遅れるのがいつものこと。
 キロ7分は難しいと思う。
 さて、9kmを過ぎるころからやっぱりおかしくなってきた。
 体も足も進まない。
 パタパタと足を道路に置いていくだけになる。
 この状態ではとても15kmは走れない。
 ダメだ、と判断する。
 南の折り返し点になるゴールドコースト・ブリッジの北詰めが10kmになる。
 「1時間11分16秒」である。
 中間点から2.5kmをキロ7分半かかっていることになる。
 
 10kmから11kmを測ったら「7:47」である。
 足が上がらず地面に摺るようになり、時々路面にシューズがひっかかってつんのめる。
 上がらなくなった右足が左足のくるぶしにぶつかりはじめる。
 イテテテ!
 13kmリタイヤと決め、ラストの2キロを無理せず戻ることにする。
 13kmで「1時間34分31秒」、キロ平均だと「7分16秒」である。
 日射しに負けたということである。
 夏はまだ続いているのである。

【13km 1時間34分31秒 7:16/km】
 5km   34:48    34:48
10km   36:28   1:11:16
13km   23:15   1:34:31

【前回 2月07日 15km 1時間45分17秒 7:01/km】
 5km   34:31    34:31
10km   35:37   1:10:08
15km   35:09   1:45:17

ときどき出会う老人がGCマラソンの「10kmラン」のコースを走っているようだ、とカミさん言う。
 この人には私もたまにすれ違うことがある。
 いや、確かに老人だ。
 自分の老人性を棚に上げて他人のことを言うこともないのだが。
 そこそこガンバっているようである。
 着ているシャツが10kmランの完走Tシャツなので10kmランナーであることがわかる。
 まあよく走っているもんだ、と感心するほどである。
 でもカミさんは抜かれるだけだという。
 抜かしたことはない、とのこと。
 今日はその老人が走っている公式10kmコースで走ってみる、という。
 かかったタイムは「1時間17分59秒」。
 一部は道路沿いになるので、いくつかの信号待ちにぶつかる。
 走りやすいコースではない。
 終わったあと「もう、やめた」ということであった。
 一度経験すれば再び走りたいとは思わないということであろう。
 まあそうだろう、走っているときの信号待ちくらい苛つくものはない。
 いま走っている片道6.3kmの遊歩道コースがなぜいいかというと、信号待ちが1カ所しかないからである。
 いつも信号無視である。
 というのはキャラバンパークとコーストガイドへの出入り用で、ほとんど危険性がないからである。
 まったく信号待ちをしないコースもある。
 海岸を走ることである。
 スピットからマイアミ・ロックまで片道20kmをノンストップで行かれる。


【インターネット回復へ道のり】
【7日目】
 不通になって7日間が過ぎた。
 毎日のように案内パンフレットに書いてあったコールセンターに電話をするがラチがあかない。
 ここは朝の8時から夜の8時までしかやっていない。
 ひどいもんだ。
 7日目の夜にプログラマーの息子が来たので彼にまかせる。
 テレストラの24時間対応のコールセンターに電話を入れる。
 どうもテレストラ側のバグのようである。
 24時間以内に復旧させるとのことである。
 果たしてどうなるか。
 もし復旧したら、この7日間の不通に対応する料金が割り引かれることになるだろう。
 もしインターネットで商売などしていたらどういう保証がつくのだろうか。

【8日目】
 やはり24時間ではつながらなかった。
 1時間後が1週間になるのがテレストラだから、1日後は1カ月後になってもおかしくはない。

【9日目】
 9日目でテレストラが言うには「明後日に結果が出る」ということのみ。
 復旧するということではない。
 何の結果だろう。
 前回のように、結果が出て、もしデバイスの変更などが必要なら上司に上げて決済をもらってそれから動くことになるのだろうか。
 今日と明日10日目はインターネットは使えないということである。

【10日目】
 つながらず。

【11日目】
 つながらず。

【12日目】
 つながらず。

【13日目】
 つながらず。
 カミさんが2時間ちかくテレストラとやりあっていた。
  そのうちテレストラのコールセンターがお手上げになり技術者を送るという。
 ここまではよかったがっそれは有料だという。
 カミさんが怒った
 「勝手にモデムを送ってきて交換させ、つながらないからといってお金をとるとはなにごとだ。
 テレストラはつながらないモデムで金をとるのか!」
というわけである。

【14日目】
 つながらず。

【15日目】
 つながらず。

【16日目】
 つながらず。
 午後のテレストラとやりあって、
 「調べますので、24時間絶対にアクセスしないでください」
という言質があった。
 果たしてそれで済むとは思えないが。
 コールセンターのオペレーターは能力に大きな差がある。
 ただマニアル通りに受け答えする人と、一歩踏み込んで対応する姿勢をとる人がいる。
 まあ、どちらもあまり期待はできないが、いろいろ向こうから試してみてこちらのモデムに異常がないことはわかっているので、後はテレストラ本体にオペレーターがどれだけ圧力かけられるかという問題につきるのだろう。

【17日目】
 夕方、17日目にして回復した。
 ただし、私のパソコンはプラグインのみのコネクトで、ワイヤレスではつながらない。
 私のはVistaなのでサポートは打ち切られており、そのせいかなとも思う。
 カミさんのはセブンでWifiでつながる。
 しばらくは後処理におわれることになる。
 そのうち、インターネットがない時期をうらやましくなることがあるだろう。
 この間、読んだ本は24冊である。
 よく読んだ。


【新モデムの説明書】













2016年2月7日日曜日

2月07日::にこたまジョギング 10.0km=1時間14分00秒 :

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●この4週間の血圧記録:赤は走った後の測定、先週は走っていない

 このところ、やはり盛夏なのだろう暑く、蒸あつかったために先週は無理せずお休みとした。
 今日あたりはパースはヒートウエーブで40度をところも出ているという。
 地理的な関係でピークがずれるのだろう。
 とはいえ、まるで走らなかったわけではない。
 体を慣らしておかないといけないという脅迫感にかられてちょっとだが走った。
 昼前で曇り空だったので家の周りをコースにしてチャレンジした。
 35分ほどだから5kmっほどだろう。
 いやー、暑かった。
 びっしょりであった。
 でもそれによって、体の方は走らないよりはスッキリした。
 
 昨日の予定であったが朝方は雨であった。
 そして今日になった。
 気温は高いが、曇り空太陽は時々顔を出す程度。
 風が強い。
 追い風でも背中を押されるほどである。
 気温をこの風が抑えてくれている。
 入りの1キロはそのせいか、7分少々でいった。
 南の折り返しを回ると向かい風になる。
  北の折り返しまで約6キロ半ほどである。
 無理せずじっくりである。
 目標は完走だが、ずるずる遅れることがないようにしないといけないので、この暑さではやはりキロ7分で1時間45分が妥当の目標になる。 

 5kmは34分31秒。
 30秒ほど速いことになる。
 5kmから6kmは6分55秒で、順当である。
 中間点7.5kmを52分10秒で通過する。
 このままいけば1時間44分20秒で目標を達成できるのだが。
 しかし、そうは甘くはない。
 ジリジリと落ちてくる。
 ときどきの向かい風に消耗するのだろう。

 10kmは1時間10分08秒。
 このままだと、目標は切れない。
 11kmからの4キロは向かい風1キロ、追い風3キロのコースになる。
 12kmまでは向かい風であるが、残り500mくらいの風は今日一番に]感じられるほど強い。
 風をかき分けて進むといった気分になる。
 スタミナを使い切る感じである。
 しかし、ガマンすればラスト3kmはこの強い追い風をうけて、1時間45分は切れるだろうと予測する。
 が、である。
 追い風コースに入ったとたんに風がやんでしまった。
 じょうだんだろうー!
 「ああ、天はわれを見棄てたか」である。
 なんとか13kmポイントを通過する。
 残り13分30秒、ということはキロ6分45秒で行かねばならない。
 至難の技。
 ガンバルのだが、前に進まない。
 やっぱり」ダメか?
 やっぱりだめだった。
 17秒オーバーしてしまった。

【15km 1時間45分17秒 7:01/km】
 5km   34:31    34:31
10km   35:37   1:10:08
15km   35:09   1:45:17

【前回 1月22日 15km 1時間43分42秒 6:55/km】
 5km   35:04    35:04
10km   34:06   1:09:10
15km   34:32   1:43:42

 ベンチに転げ込む。
 そしたらなんと強い追い風になる風が吹き始めたではないか。
 15分前から吹いてくれたら、風に乗れたのに。
 ベンチに]横になりながらうつらうつらが出そうになるほど心地よい風である。


 かみさんは1時間14分丁度とのことであった。
 新しいランニングシューズで走ったと言う。
 感想は「かななか具合がいい、さすがニューバランス」。
 私は旧来の、若干ブカのものである。
 新シューズの使用はまだ先のことである。


● 今日の15kmフィニシュの映像


【後日のおまけ】
『
ニューズウイーク 2016年2月22日(月)16時12分 印南敦史(書評家、ライター)
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2016/02/post-4564.php

謎の長距離走大国ニッポンで「駅伝」を走る
日本人ランナーがなぜ強いかを調べにやって来た(そして、走った)英国人ジャーナリストの興味深い体験記『駅伝マン』



 『駅伝マン──日本を走ったイギリス人』(アダーナン・フィン著、濱野大道訳、早川書房)
の著者は、イギリス『ガーディアン』紙の編集者兼フリーランスジャーナリスト。
 ケニア滞在経験を記した『ケニア人と走る』(Running with the Kenyans 日本語未訳)が高く評価された実績を持つそうだが、つまりはその延長線上で、今回は日本の駅伝をターゲットに選んだということ。

 原点にあるのは、長距離走の世界の外にいる人たちが見落としがちな、
 「日本ではなにかが起きている」
という思いだったとか。
 事実上、世界中の大規模なロードレース大会の優勝者はケニア人かエチオピア人のランナーで、誰もその牙城を崩せない状況にあるらしいが、そこに現在、日本人が闘いを挑んでいるというのである
注:(2013年時点の最新の男子マラソン世界100傑のうち、
アフリカ出身者以外は6人のみで、そのうち5人が日本人なのだという)。
 たしかに素人には意識しづらいことでもあるので、最初の段階から興味を抱くことができた。

 ともあれ著者はそんな理由から、家族を引き連れて来日することになる。
 ところが日本語はまったくわからず、 "生まれながらの冒険家"である妻のリクエストを受け、ロシア経由で列車に乗ってこの国を目指したというのだから、その時点ですでにぶっ飛んでいる。

 ちなみに目的は、日本に半年間住んで、駅伝シーズンを経験し、あわよくば実業団チームに同行したいというもの。
 かくして日本に到着してからは京都に家を借り、ふたりの子どもをシュタイナー学校に通わせ(イギリスで通っていたのもシュタイナー学校だったため、子どもたちを戸惑わせなくてすむと考えたのだそうだ)、その時々に出会った人たちとの交流のなかから少しずつ人脈を広げていく。

 おもしろいのは、「あとから気づくと、京都が駅伝競走の発祥の地だった」という話だ。
 江戸時代には京都と東京(江戸)間を走っていた飛脚は、届ける書簡を宿場で別の飛脚に渡し、次の区間へと引き継ぐことも多かったという。
 つまり、この制度に想を得て生まれたスポーツが駅伝競走だったのだ。

 それにしても不思議に思ったのは、"外国人"である著者の目に駅伝が特別なものとして映っていることである。

 駅伝は「和」の精神を完璧に具現化する競技だった。
 駅伝チームは、すべての参加者が自分の役割を果たして初めて勝利を得る。
 つまり、全員がチームのために一丸となって闘わなくてはいけない。
 それが当時の日本人の精神と合致し、少しずつ駅伝の知名度が上がり、マラソンを凌ぐほどの人気を博すようになったのだった。(51ページより)

 もしかしたら、これまで私が鈍感すぎただけなのかもしれない。
 しかし個人的な感覚からすると、駅伝は"正月を祝っているときにテレビで流れているもの"であり、それはそれで見ていて楽しいのだけれども、そこに日本人の精神が反映されているかどうかなど考えたことがなかった。
 だから著者の思いには新鮮なものを感じたし、その思いが本書にリズム感を与えていることも間違いないだろう。

 また、それ以前に、著者自身の「走る」ことへの思いも重要な意味を持っているように思える。
 ライターとしての取材という目的だけでなく、そもそも著者のなかには、走ることへの純粋な欲求が根ざしているのだ。
 だから
 「琵琶湖での駅伝に参加するメンバーが足りないから、参加してみませんか?」
という誘いを受けるや、「これこそ、ずっと待ち望んでいた瞬間だった」と感じて快諾するなど、ここでは自身のランナーとしての立ち位置も大きな要素として機能しているのである。

 なぜ自分が走るのか自問することがよくある、と僕は彼女に伝えた。
 (中略)誰かに強制されたわけでも、頼まれたわけでもない。
 僕が走ろうが走るまいが、誰も気にしやしない。
 それでも、僕はいつも走る。
 何かが、僕を突き動かすのだ。(108ページより)

 そして著者はこうも主張する。
 自分のなかのなにかとつながるために走っているのではないかと。
 走るという行為はシンプルで、純粋なまでに無慈悲なものだそうだ。
 走ることによって世俗的な層が剥がされ、その下にある生の人間があらわになる。
 それは得難い経験であり、自分の力を試される機会で、一種の自己実現でさえある。
 走るという行為に対してここまで純粋でいられるというのは、ちょっとばかりうらやましくもある。

 ところで本書には、そのストーリー性を"偶然"際立たせている要因がある。
 読み進めながら感動的なクライマックスが訪れるであろうことを疑わなかったのだが、結果的にそれは訪れなかったのだ。

 日本滞在期間のクライマックスにあたる富士宮駅伝に出場することを決めた著者は、彼とともに参加するチームを<エキデン・メン>と名づけて期待を膨らませるのだが、そこには望まない結果が待ち受けていたのである。

 運転手の野村は帽子をうしろに傾けてかぶり、片手でハンドルを握っていた。
 そのとき、彼の携帯電話が鳴った。(中略)通話を終えた野村は、何も言わずにまえを見据えた。
「何か問題?」と僕は訊いた。
 初め、彼は答えようとしなかった。
 車内の全員の視線が野村に向けられた。
 「大会が中止になりました」
と彼はやっと口を開いた。
 「ひどい雪らしくて」(320ページより)

 結果論かもしれないが、富士宮駅伝が中止になって目標が失われたことが、作品に立体感を加えている。
 涙が出るほど感動的なドラマがあるわけではなく、むしろ喪失感だけを意識させるからこそ、逆に著者の思いが浮き立っているのだ。
』

『
サーチナニュース 2016-02-29 08:11
http://news.searchina.net/id/1603517?page=1

これぞJAPANクォリティ!
東京マラソンは「極致」の大会だ=中国

 近年、中国では健康への関心が高まっており、マラソンやランニングを趣味にする人も増えている。
 また、近年は中国でマラソンブームが起きており、深刻な大気汚染のなか健康づくりのために走るという皮肉な状況もあるようだ。

 世界6大マラソンの1つに数えられる東京マラソンが28日に開催されたが、中国メディアの今日頭条はこのほど、東京マラソンは非常に魅力的な大会であるとし、その背景をランナーの視点で考察している。

★:まず1つ目の点は「高水準の組織力」だ。
 東京マラソンには数多くのボランティアが運営を支えるが、担当する役割に応じてボランティアウエアが色分けされていると記事は紹介。
 東京マラソンは世界規模の大会であり、参加ランナーは日本のみならず、世界から集まる。日本語が分からないランナーも多いなかで、外国人ランナーは必要とするボランティアを色で見分けることができ、運営側もボランティアを指揮管理するのに大いに役立つことを称賛した。

★:さらに、沿道に詰めかける多くの応援、観戦者もレース参加者にとっては魅力の1つのようで、新人ランナーだろうと高齢のランナーだろうと「あたかも有名マラソン選手のように沿道からの声援を受けることができる」は説明。
 こうした声援を受けることができるレースは確かに参加者の喜びを大きく増し加えるだろう。

★:また、42.195キロメートルのコースに展開する東京の独特の景観を楽しみながら走ることができることも外国人ランナーにとっては魅力の1つ。
 伝統的な建物と摩天楼が調和した景観、また音楽隊の演奏などレース中は「決して退屈しない」と指摘しているほか、コスプレランナーたちの参加も非常に好意的に描写している。
 昨今はコスプレに対する規制が強化されてしまったが、コスプレランナーについては「日本人の知られていない一面」と述べ、笑いをとる目新しい方法だと紹介している。
 コスプレ自体も日本独特の文化だが、コスプレしてマラソンに参加する行為に対して、外国人ランナーは日本人独特のユーモアの感覚を感じるようだ。

 マラソン自体は基本的に走る道さえあればできる非常にシンプルなスポーツなだけに、大会はどの国にとっても開催しやすいものだ。
 実際、マラソンブームが起きている中国でも、多くの都市でマラソン大会が実施されている。
 だが、「段取り八分」と言われるように、運営側の能力や努力が大会の成功を大きく左右するのは明白だ。
 行き届いた配慮を得意とする日本人らしさが東京マラソンの運営にもはっきり表れている。
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