2016年1月10日日曜日

箱根駅伝は、ただ走る姿になぜ感動するのだろう: 『箱根駅伝 ナイン・ストーリーズ』 文春文庫

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●『箱根駅伝 ナイン・ストーリーズ』(生島淳・著 文春文庫)

『
JB Press 2016.1.9(土) 幻冬舎plus
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/45725

箱根駅伝は、ただ走る姿になぜ感動するのだろう
読んでも泣ける『箱根駅伝 ナイン・ストーリーズ』
幻冬舎が運営する刺激と感動のマガジン&ストア「幻冬舎plus」から選りすぐりの記事をお届けします。

◆注目される選手もいれば、影で支える主務もいる

忘年会は2次会まできっちり付き合うのがコグマのモットー。
今夜はカラオケボックスにいる。
部下A::「コグマ部長、いつもの入れてくださいよ~」
コグマ::「いやいや、若い人で歌えよ」
部下B::「いつものアレ、聴きたいっす!」
コグマ::「え、マジか!? じゃあ、しょうがねえな、リクエストにお応えして、歌っちゃおうかな~」

お約束のやり取りの5分後にはいつもの歌を熱唱だ。
義理でリクエストしてくれているのは分かっている。
だって俺が歌い始めたら、トイレ行ったり、携帯チェックしたり、飲み物追加してんだもん。

それにしても、これはいつ聴いて(歌って)もいいなあ。
尾崎豊の「15の夜」だ。
「ぬーすんだバイクで走り出す~ 行き先も解らぬまま」。
この名曲はちょうどコグマが15歳の時にリリースされたんだよな。
思えばコグマも47歳。
15歳を3回やってもまだ2歳余るぞ。
っていうか長男がリアルに16歳になってたんだ。
まさかバイク盗んだり、
「校舎の裏 煙草をふかして見つかれば逃げ場もない」
なんてことは絶対しないでくれよ~。

毎年のことだが、年の瀬になると、バタバタ気ぜわしいのやら、やり残した仕事の後悔でガラにもなく憂鬱な気分になるのだった。
だから忘年会ってあるんだよな……、そんなことも思いながら歌っていると、ちょっと切なくなってきたが、なんとか踏みとどまる。
大丈夫だ。
来年こそは、走り出せそうな気がしてきた。
年末にぴったりの1冊に出会えたからだ。

『箱根駅伝 ナイン・ストーリーズ』(生島淳・著 文春文庫)だ。
今年もこの季節がやってきた。
今や日本の正月の風物詩でもある学生駅伝をテーマにしたノンフィクション。
自分がたとえ倒れてでもタスキをチームメイトにつなぐ。
その思いだけで東京と箱根の往復200キロ超を全10人のランナーが必死に走るのだ。

◆脈々と受け継がれる山の神の系譜

昨今の箱根駅伝でよく聞くフレーズは「山の神」だろう。
往路の最後となる五区はほとんどが登り坂で、この坂道を駆け抜ける強者に与えられる称号だ。
「初代」は順天堂大の今井正人。
2年、3年と5区を任されそれぞれ区間新記録を達成。
それも2年の時には11人抜き、3年の時は5人抜きだ。
ちなみに1年の時には「華の2区」も走っている。
そして2007年の正月。
4年になった今井の最後の箱根だ。
そこで前年の自分の記録を更新して往路優勝を成し遂げる。

そして2代目・山の神は東洋大の柏原竜二だ。
柏原と今井はともに福島県出身。
柏原が東洋大進学を控えた高校3年の1月、全国都道府県駅伝で同郷で先輩の今井とチームメイトになった。
ここで柏原は箱根への熱い思いを今井に明かす……。

その日から1年弱。
柏原は1年にもかかわらず5区を任された。
だが、東洋大は後れをとった。
柏原がタスキを受けた時点でトップの早大とは約5分差の9位。
それまでの箱根の常識では逆転できるのは2分半まで。
だが、柏原は違う。
1人、また1人と抜き、やがて早稲田の選手の後ろ姿が目に入ってきた。
ここからの著者の描写が素晴らしい。
臨場感あふれる筆致だ。
引用しよう。

「エンジのユニフォームが大きくなる。
追いつける。
抜けるーー。
ダメだ。
これ以上、ギアを上げられない。」
「柏原はちょっとだけ、自分に休むことを許した。
少しだけ並んで走り、ひと息つこう。
呼吸を整え、充電してから、また走るぞ。」

手に汗握るレース展開が目に浮かぶ。
やがて早稲田を抜き去りゴールを切ったが、そのタイムが凄かった。
初代の記録を一気に47秒も書き換えたのだった。

そして5年後の2015年、3代目は青山学院大に降臨する。
神野大地、3年生。
駒沢大に続く2位という好位置でタスキを受け取った。
もともと努力するタイプだったが、1年の時には怪我に泣いた。
しかし2年では2区を担当。
そして3年の箱根。
体調はベスト。
2位で走り出した神野は軽やかに前に進んだ。
選手からするとほぼ崖のように見えるコースを気持ちよさそうに駆け上がっていく。
やがて先行する駒沢大を捉えた。
この年からコースが変わったために前年の柏原のタイムと単純比較はできないが、その記録を上回るペースでゴールにたどり着いた。

こうして山の神の系譜は脈々と受け継がれていく。
そして2016年。
4年になった神野の走りはどう完結するのだろうか。
それとも新しい山の神が現れるのだろうか。

◆縁の下の力持ち「主務」を務める4年生

普通のスポーツモノであれば、スポットライトのあたる選手の話で終始する。
だが、著者のまなざしは優しく、例えば青学であれば主務という縁の下の力持ちの役割を担う4年の高木にも取材をしている。
もともと有力選手だったが1年のときに疲労骨折。
治ってもなかなか高校時代のベストを更新できない。
2年になり再度骨折したことから選手生活をあきらめてマネージャーの道を進んだ。
箱根で走ることを目標に九州から上京したのはわずか2年前だった。

著者は
「周りからも期待されていると感じたし、いまになって親、高校の恩師に『マネージャーになりました』と話し、そこに落胆の表情を見るのは切なかった」
と記す。
逡巡があったのは想像に難くない。
しかし、高木は前向きに考えた。自分は走ること以外のことでチームの優勝に貢献しようとした。
新しいトレーニング法を取り入れ、部内のミーティングも活性化させた。
結果、体幹は鍛えられ、またどんな場面でもはっきりモノを言えるメンタルを身につけるのに役立った。
こういう高木のような学生のひとりひとりの活躍のもとに箱根駅伝が成り立っているという当たり前のことがしみじみと伝わってくる。

読み進めるうちに学生たちの喜びに歓喜し、困難にぶち当たる姿に思わず目頭が熱くなる。
もちろん、山の神と青学の話だけではない。
各校の指導者の箱根への思い、最後のラストスパートでコースを間違えた選手の顛末、新興校の奮闘と伝統校の葛藤など9編が読者の涙腺を容赦なく刺激してくる。

さあ、間もなく号砲が鳴る。
2016年の箱根はどんなストーリーを見せてくれるのだろうか。

(注:本稿は2015年12月31日に「幻冬舎plus」で公開されたコラムを転載したものです)
コグマ部長(こぐまぶちょう)
某中小企業の中間管理職。人生において大切なことはすべて「課長・島耕作」と「ホイチョイ・プロダクション」から学んだ47歳。またバブルが来るんじゃないかと真面目に信じている。【Twitter】https://twitter.com/kogumabuchou
』

  関係大学に務める友人から箱根駅伝の雑誌と新聞が送られてきた。




● 往路優勝青山学院大学

● 往路3位駒沢大学 萩本欽一は駒沢大仏教学部の学生である


 雑誌が送られてきたとき出したお礼状。
 3枚のうちの最初と最後のページ。
 2ページ目は省略。

『
  

<<2ページ目 省略>>


』

下は新聞が送られてきたときに添えられていた手紙。

『

』


【資料】
『
レコードチャイナ 配信日時:2015年1月8日(木) 4時14分
http://www.recordchina.co.jp/a100105.html

日本人作家、三浦しをんの小説「風が強く吹いている」が中国上陸―中国メディア


 2015年1月4日、村上春樹はマラソンは文芸であり、一人での自分との対話だと語っている。
 三浦しをんにとってマラソンは情熱であり、青春の思い出でもある。

 三浦しをんが6年かけて書いた小説「風が強く吹いている」が1月に中国に上陸する。
 同作品は日本の作家、三浦しをんの代表作のひとつで、長い歴史を持つ箱根駅伝をテーマに寛政大学の学生らが住むアパート「竹青荘」に住む10人がゼロから「箱根駅伝」を目指すストーリーだ。
 同作品は映画化もされている。

(提供/人民網日本語版・翻訳/YH・編集/武藤)
』