
●この4週間の血圧記録:赤は走った後の測定、先週は走っていない
このところ、やはり盛夏なのだろう暑く、蒸あつかったために先週は無理せずお休みとした。
今日あたりはパースはヒートウエーブで40度をところも出ているという。
地理的な関係でピークがずれるのだろう。
とはいえ、まるで走らなかったわけではない。
体を慣らしておかないといけないという脅迫感にかられてちょっとだが走った。
昼前で曇り空だったので家の周りをコースにしてチャレンジした。
35分ほどだから5kmっほどだろう。
いやー、暑かった。
びっしょりであった。
でもそれによって、体の方は走らないよりはスッキリした。
昨日の予定であったが朝方は雨であった。
そして今日になった。
気温は高いが、曇り空太陽は時々顔を出す程度。
風が強い。
追い風でも背中を押されるほどである。
気温をこの風が抑えてくれている。
入りの1キロはそのせいか、7分少々でいった。
南の折り返しを回ると向かい風になる。
北の折り返しまで約6キロ半ほどである。
無理せずじっくりである。
目標は完走だが、ずるずる遅れることがないようにしないといけないので、この暑さではやはりキロ7分で1時間45分が妥当の目標になる。
5kmは34分31秒。
30秒ほど速いことになる。
5kmから6kmは6分55秒で、順当である。
中間点7.5kmを52分10秒で通過する。
このままいけば1時間44分20秒で目標を達成できるのだが。
しかし、そうは甘くはない。
ジリジリと落ちてくる。
ときどきの向かい風に消耗するのだろう。
10kmは1時間10分08秒。
このままだと、目標は切れない。
11kmからの4キロは向かい風1キロ、追い風3キロのコースになる。
12kmまでは向かい風であるが、残り500mくらいの風は今日一番に]感じられるほど強い。
風をかき分けて進むといった気分になる。
スタミナを使い切る感じである。
しかし、ガマンすればラスト3kmはこの強い追い風をうけて、1時間45分は切れるだろうと予測する。
が、である。
追い風コースに入ったとたんに風がやんでしまった。
じょうだんだろうー!
「ああ、天はわれを見棄てたか」である。
なんとか13kmポイントを通過する。
残り13分30秒、ということはキロ6分45秒で行かねばならない。
至難の技。
ガンバルのだが、前に進まない。
やっぱり」ダメか?
やっぱりだめだった。
17秒オーバーしてしまった。
【15km 1時間45分17秒 7:01/km】
5km 34:31 34:31
10km 35:37 1:10:08
15km 35:09 1:45:17
【前回 1月22日 15km 1時間43分42秒 6:55/km】
5km 35:04 35:04
10km 34:06 1:09:10
15km 34:32 1:43:42
ベンチに転げ込む。
そしたらなんと強い追い風になる風が吹き始めたではないか。
15分前から吹いてくれたら、風に乗れたのに。
ベンチに]横になりながらうつらうつらが出そうになるほど心地よい風である。
かみさんは1時間14分丁度とのことであった。
新しいランニングシューズで走ったと言う。
感想は「かななか具合がいい、さすがニューバランス」。
私は旧来の、若干ブカのものである。
新シューズの使用はまだ先のことである。
● 今日の15kmフィニシュの映像
【後日のおまけ】
『
ニューズウイーク 2016年2月22日(月)16時12分 印南敦史(書評家、ライター)
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2016/02/post-4564.php
謎の長距離走大国ニッポンで「駅伝」を走る
日本人ランナーがなぜ強いかを調べにやって来た(そして、走った)英国人ジャーナリストの興味深い体験記『駅伝マン』

『駅伝マン──日本を走ったイギリス人』(アダーナン・フィン著、濱野大道訳、早川書房)
の著者は、イギリス『ガーディアン』紙の編集者兼フリーランスジャーナリスト。
ケニア滞在経験を記した『ケニア人と走る』(Running with the Kenyans 日本語未訳)が高く評価された実績を持つそうだが、つまりはその延長線上で、今回は日本の駅伝をターゲットに選んだということ。
原点にあるのは、長距離走の世界の外にいる人たちが見落としがちな、
「日本ではなにかが起きている」
という思いだったとか。
事実上、世界中の大規模なロードレース大会の優勝者はケニア人かエチオピア人のランナーで、誰もその牙城を崩せない状況にあるらしいが、そこに現在、日本人が闘いを挑んでいるというのである
注:(2013年時点の最新の男子マラソン世界100傑のうち、
アフリカ出身者以外は6人のみで、そのうち5人が日本人なのだという)。
たしかに素人には意識しづらいことでもあるので、最初の段階から興味を抱くことができた。
ともあれ著者はそんな理由から、家族を引き連れて来日することになる。
ところが日本語はまったくわからず、 "生まれながらの冒険家"である妻のリクエストを受け、ロシア経由で列車に乗ってこの国を目指したというのだから、その時点ですでにぶっ飛んでいる。
ちなみに目的は、日本に半年間住んで、駅伝シーズンを経験し、あわよくば実業団チームに同行したいというもの。
かくして日本に到着してからは京都に家を借り、ふたりの子どもをシュタイナー学校に通わせ(イギリスで通っていたのもシュタイナー学校だったため、子どもたちを戸惑わせなくてすむと考えたのだそうだ)、その時々に出会った人たちとの交流のなかから少しずつ人脈を広げていく。
おもしろいのは、「あとから気づくと、京都が駅伝競走の発祥の地だった」という話だ。
江戸時代には京都と東京(江戸)間を走っていた飛脚は、届ける書簡を宿場で別の飛脚に渡し、次の区間へと引き継ぐことも多かったという。
つまり、この制度に想を得て生まれたスポーツが駅伝競走だったのだ。
それにしても不思議に思ったのは、"外国人"である著者の目に駅伝が特別なものとして映っていることである。
駅伝は「和」の精神を完璧に具現化する競技だった。
駅伝チームは、すべての参加者が自分の役割を果たして初めて勝利を得る。
つまり、全員がチームのために一丸となって闘わなくてはいけない。
それが当時の日本人の精神と合致し、少しずつ駅伝の知名度が上がり、マラソンを凌ぐほどの人気を博すようになったのだった。(51ページより)
もしかしたら、これまで私が鈍感すぎただけなのかもしれない。
しかし個人的な感覚からすると、駅伝は"正月を祝っているときにテレビで流れているもの"であり、それはそれで見ていて楽しいのだけれども、そこに日本人の精神が反映されているかどうかなど考えたことがなかった。
だから著者の思いには新鮮なものを感じたし、その思いが本書にリズム感を与えていることも間違いないだろう。
また、それ以前に、著者自身の「走る」ことへの思いも重要な意味を持っているように思える。
ライターとしての取材という目的だけでなく、そもそも著者のなかには、走ることへの純粋な欲求が根ざしているのだ。
だから
「琵琶湖での駅伝に参加するメンバーが足りないから、参加してみませんか?」
という誘いを受けるや、「これこそ、ずっと待ち望んでいた瞬間だった」と感じて快諾するなど、ここでは自身のランナーとしての立ち位置も大きな要素として機能しているのである。
なぜ自分が走るのか自問することがよくある、と僕は彼女に伝えた。
(中略)誰かに強制されたわけでも、頼まれたわけでもない。
僕が走ろうが走るまいが、誰も気にしやしない。
それでも、僕はいつも走る。
何かが、僕を突き動かすのだ。(108ページより)
そして著者はこうも主張する。
自分のなかのなにかとつながるために走っているのではないかと。
走るという行為はシンプルで、純粋なまでに無慈悲なものだそうだ。
走ることによって世俗的な層が剥がされ、その下にある生の人間があらわになる。
それは得難い経験であり、自分の力を試される機会で、一種の自己実現でさえある。
走るという行為に対してここまで純粋でいられるというのは、ちょっとばかりうらやましくもある。
ところで本書には、そのストーリー性を"偶然"際立たせている要因がある。
読み進めながら感動的なクライマックスが訪れるであろうことを疑わなかったのだが、結果的にそれは訪れなかったのだ。
日本滞在期間のクライマックスにあたる富士宮駅伝に出場することを決めた著者は、彼とともに参加するチームを<エキデン・メン>と名づけて期待を膨らませるのだが、そこには望まない結果が待ち受けていたのである。
運転手の野村は帽子をうしろに傾けてかぶり、片手でハンドルを握っていた。
そのとき、彼の携帯電話が鳴った。(中略)通話を終えた野村は、何も言わずにまえを見据えた。
「何か問題?」と僕は訊いた。
初め、彼は答えようとしなかった。
車内の全員の視線が野村に向けられた。
「大会が中止になりました」
と彼はやっと口を開いた。
「ひどい雪らしくて」(320ページより)
結果論かもしれないが、富士宮駅伝が中止になって目標が失われたことが、作品に立体感を加えている。
涙が出るほど感動的なドラマがあるわけではなく、むしろ喪失感だけを意識させるからこそ、逆に著者の思いが浮き立っているのだ。
』
『
サーチナニュース 2016-02-29 08:11
http://news.searchina.net/id/1603517?page=1
これぞJAPANクォリティ!
東京マラソンは「極致」の大会だ=中国
近年、中国では健康への関心が高まっており、マラソンやランニングを趣味にする人も増えている。
また、近年は中国でマラソンブームが起きており、深刻な大気汚染のなか健康づくりのために走るという皮肉な状況もあるようだ。
世界6大マラソンの1つに数えられる東京マラソンが28日に開催されたが、中国メディアの今日頭条はこのほど、東京マラソンは非常に魅力的な大会であるとし、その背景をランナーの視点で考察している。
★:まず1つ目の点は「高水準の組織力」だ。
東京マラソンには数多くのボランティアが運営を支えるが、担当する役割に応じてボランティアウエアが色分けされていると記事は紹介。
東京マラソンは世界規模の大会であり、参加ランナーは日本のみならず、世界から集まる。日本語が分からないランナーも多いなかで、外国人ランナーは必要とするボランティアを色で見分けることができ、運営側もボランティアを指揮管理するのに大いに役立つことを称賛した。
★:さらに、沿道に詰めかける多くの応援、観戦者もレース参加者にとっては魅力の1つのようで、新人ランナーだろうと高齢のランナーだろうと「あたかも有名マラソン選手のように沿道からの声援を受けることができる」は説明。
こうした声援を受けることができるレースは確かに参加者の喜びを大きく増し加えるだろう。
★:また、42.195キロメートルのコースに展開する東京の独特の景観を楽しみながら走ることができることも外国人ランナーにとっては魅力の1つ。
伝統的な建物と摩天楼が調和した景観、また音楽隊の演奏などレース中は「決して退屈しない」と指摘しているほか、コスプレランナーたちの参加も非常に好意的に描写している。
昨今はコスプレに対する規制が強化されてしまったが、コスプレランナーについては「日本人の知られていない一面」と述べ、笑いをとる目新しい方法だと紹介している。
コスプレ自体も日本独特の文化だが、コスプレしてマラソンに参加する行為に対して、外国人ランナーは日本人独特のユーモアの感覚を感じるようだ。
マラソン自体は基本的に走る道さえあればできる非常にシンプルなスポーツなだけに、大会はどの国にとっても開催しやすいものだ。
実際、マラソンブームが起きている中国でも、多くの都市でマラソン大会が実施されている。
だが、「段取り八分」と言われるように、運営側の能力や努力が大会の成功を大きく左右するのは明白だ。
行き届いた配慮を得意とする日本人らしさが東京マラソンの運営にもはっきり表れている。
』
ニューズウイーク 2016年2月22日(月)16時12分 印南敦史(書評家、ライター)
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2016/02/post-4564.php
謎の長距離走大国ニッポンで「駅伝」を走る
日本人ランナーがなぜ強いかを調べにやって来た(そして、走った)英国人ジャーナリストの興味深い体験記『駅伝マン』
『駅伝マン──日本を走ったイギリス人』(アダーナン・フィン著、濱野大道訳、早川書房)
の著者は、イギリス『ガーディアン』紙の編集者兼フリーランスジャーナリスト。
ケニア滞在経験を記した『ケニア人と走る』(Running with the Kenyans 日本語未訳)が高く評価された実績を持つそうだが、つまりはその延長線上で、今回は日本の駅伝をターゲットに選んだということ。
原点にあるのは、長距離走の世界の外にいる人たちが見落としがちな、
「日本ではなにかが起きている」
という思いだったとか。
事実上、世界中の大規模なロードレース大会の優勝者はケニア人かエチオピア人のランナーで、誰もその牙城を崩せない状況にあるらしいが、そこに現在、日本人が闘いを挑んでいるというのである
注:(2013年時点の最新の男子マラソン世界100傑のうち、
アフリカ出身者以外は6人のみで、そのうち5人が日本人なのだという)。
たしかに素人には意識しづらいことでもあるので、最初の段階から興味を抱くことができた。
ともあれ著者はそんな理由から、家族を引き連れて来日することになる。
ところが日本語はまったくわからず、 "生まれながらの冒険家"である妻のリクエストを受け、ロシア経由で列車に乗ってこの国を目指したというのだから、その時点ですでにぶっ飛んでいる。
ちなみに目的は、日本に半年間住んで、駅伝シーズンを経験し、あわよくば実業団チームに同行したいというもの。
かくして日本に到着してからは京都に家を借り、ふたりの子どもをシュタイナー学校に通わせ(イギリスで通っていたのもシュタイナー学校だったため、子どもたちを戸惑わせなくてすむと考えたのだそうだ)、その時々に出会った人たちとの交流のなかから少しずつ人脈を広げていく。
おもしろいのは、「あとから気づくと、京都が駅伝競走の発祥の地だった」という話だ。
江戸時代には京都と東京(江戸)間を走っていた飛脚は、届ける書簡を宿場で別の飛脚に渡し、次の区間へと引き継ぐことも多かったという。
つまり、この制度に想を得て生まれたスポーツが駅伝競走だったのだ。
それにしても不思議に思ったのは、"外国人"である著者の目に駅伝が特別なものとして映っていることである。
駅伝は「和」の精神を完璧に具現化する競技だった。
駅伝チームは、すべての参加者が自分の役割を果たして初めて勝利を得る。
つまり、全員がチームのために一丸となって闘わなくてはいけない。
それが当時の日本人の精神と合致し、少しずつ駅伝の知名度が上がり、マラソンを凌ぐほどの人気を博すようになったのだった。(51ページより)
もしかしたら、これまで私が鈍感すぎただけなのかもしれない。
しかし個人的な感覚からすると、駅伝は"正月を祝っているときにテレビで流れているもの"であり、それはそれで見ていて楽しいのだけれども、そこに日本人の精神が反映されているかどうかなど考えたことがなかった。
だから著者の思いには新鮮なものを感じたし、その思いが本書にリズム感を与えていることも間違いないだろう。
また、それ以前に、著者自身の「走る」ことへの思いも重要な意味を持っているように思える。
ライターとしての取材という目的だけでなく、そもそも著者のなかには、走ることへの純粋な欲求が根ざしているのだ。
だから
「琵琶湖での駅伝に参加するメンバーが足りないから、参加してみませんか?」
という誘いを受けるや、「これこそ、ずっと待ち望んでいた瞬間だった」と感じて快諾するなど、ここでは自身のランナーとしての立ち位置も大きな要素として機能しているのである。
なぜ自分が走るのか自問することがよくある、と僕は彼女に伝えた。
(中略)誰かに強制されたわけでも、頼まれたわけでもない。
僕が走ろうが走るまいが、誰も気にしやしない。
それでも、僕はいつも走る。
何かが、僕を突き動かすのだ。(108ページより)
そして著者はこうも主張する。
自分のなかのなにかとつながるために走っているのではないかと。
走るという行為はシンプルで、純粋なまでに無慈悲なものだそうだ。
走ることによって世俗的な層が剥がされ、その下にある生の人間があらわになる。
それは得難い経験であり、自分の力を試される機会で、一種の自己実現でさえある。
走るという行為に対してここまで純粋でいられるというのは、ちょっとばかりうらやましくもある。
ところで本書には、そのストーリー性を"偶然"際立たせている要因がある。
読み進めながら感動的なクライマックスが訪れるであろうことを疑わなかったのだが、結果的にそれは訪れなかったのだ。
日本滞在期間のクライマックスにあたる富士宮駅伝に出場することを決めた著者は、彼とともに参加するチームを<エキデン・メン>と名づけて期待を膨らませるのだが、そこには望まない結果が待ち受けていたのである。
運転手の野村は帽子をうしろに傾けてかぶり、片手でハンドルを握っていた。
そのとき、彼の携帯電話が鳴った。(中略)通話を終えた野村は、何も言わずにまえを見据えた。
「何か問題?」と僕は訊いた。
初め、彼は答えようとしなかった。
車内の全員の視線が野村に向けられた。
「大会が中止になりました」
と彼はやっと口を開いた。
「ひどい雪らしくて」(320ページより)
結果論かもしれないが、富士宮駅伝が中止になって目標が失われたことが、作品に立体感を加えている。
涙が出るほど感動的なドラマがあるわけではなく、むしろ喪失感だけを意識させるからこそ、逆に著者の思いが浮き立っているのだ。
』
『
サーチナニュース 2016-02-29 08:11
http://news.searchina.net/id/1603517?page=1
これぞJAPANクォリティ!
東京マラソンは「極致」の大会だ=中国
近年、中国では健康への関心が高まっており、マラソンやランニングを趣味にする人も増えている。
また、近年は中国でマラソンブームが起きており、深刻な大気汚染のなか健康づくりのために走るという皮肉な状況もあるようだ。
世界6大マラソンの1つに数えられる東京マラソンが28日に開催されたが、中国メディアの今日頭条はこのほど、東京マラソンは非常に魅力的な大会であるとし、その背景をランナーの視点で考察している。
★:まず1つ目の点は「高水準の組織力」だ。
東京マラソンには数多くのボランティアが運営を支えるが、担当する役割に応じてボランティアウエアが色分けされていると記事は紹介。
東京マラソンは世界規模の大会であり、参加ランナーは日本のみならず、世界から集まる。日本語が分からないランナーも多いなかで、外国人ランナーは必要とするボランティアを色で見分けることができ、運営側もボランティアを指揮管理するのに大いに役立つことを称賛した。
★:さらに、沿道に詰めかける多くの応援、観戦者もレース参加者にとっては魅力の1つのようで、新人ランナーだろうと高齢のランナーだろうと「あたかも有名マラソン選手のように沿道からの声援を受けることができる」は説明。
こうした声援を受けることができるレースは確かに参加者の喜びを大きく増し加えるだろう。
★:また、42.195キロメートルのコースに展開する東京の独特の景観を楽しみながら走ることができることも外国人ランナーにとっては魅力の1つ。
伝統的な建物と摩天楼が調和した景観、また音楽隊の演奏などレース中は「決して退屈しない」と指摘しているほか、コスプレランナーたちの参加も非常に好意的に描写している。
昨今はコスプレに対する規制が強化されてしまったが、コスプレランナーについては「日本人の知られていない一面」と述べ、笑いをとる目新しい方法だと紹介している。
コスプレ自体も日本独特の文化だが、コスプレしてマラソンに参加する行為に対して、外国人ランナーは日本人独特のユーモアの感覚を感じるようだ。
マラソン自体は基本的に走る道さえあればできる非常にシンプルなスポーツなだけに、大会はどの国にとっても開催しやすいものだ。
実際、マラソンブームが起きている中国でも、多くの都市でマラソン大会が実施されている。
だが、「段取り八分」と言われるように、運営側の能力や努力が大会の成功を大きく左右するのは明白だ。
行き届いた配慮を得意とする日本人らしさが東京マラソンの運営にもはっきり表れている。
』